天童寺CP
□策士の誤算
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インターハイの終了後、彩は沢登が直也の元に駆け寄る姿を見かけた。
やはり手紙の相手はあの男だったのかと呆れていた所、直也にプイと無視される沢登を目撃した。
“相手にされてねぇじゃねぇか。”
いい気味だと思った彩の肩を、誰かがポンと叩く。
振り返ると笑みを浮かべた龍之介の姿があった。
「玉置の奴に、しばらくノボリを調子付かせないように振舞ってくれって頼んでおいたんだ。」
満足そうに沢登たちの姿を見やりながらそう言った龍之介。
何の為にそんな事をと思う彩だったが、
「前に彩に怪我させたお返しだ。」
という言葉で、忘れていた記憶が蘇ってきた。
龍之介に『お前に惚れてるんだ』と言われたことも。
思い出して何故か顔が熱くなった。
その様子を見た龍之介は、もしかして流されかけてくれているのではと直感する。
だが今無理強いするのは得策ではない。
もう少し様子を見てみようと思う龍之介だった。
しかし龍之介の思惑は、思わぬ形で壊される事となる。
沢登が龍之介の部屋へやって来て、笑顔でこう言った。
「インハイも終わったし、三年生は部内恋愛解禁だ。それから、彩をこの部屋に移す事にしたから。」
龍之介の部屋は同室者が辞めていった為に現在一人で使っている状況。
別に誰が新たに入って来ようが一向に構わなかったが、ここで彩とくれば話は別だ。
“今度は俺への仕返しって訳か…”
四六時中彩と一緒に居て、龍之介が我慢出来るはずがないと沢登は踏んでいた。
そして手を出して彩に嫌われればいいと、笑顔の裏で酷い事を考えながら、心の中で笑っていた。
卑怯な奴だと思いながらも、龍之介に拒否権はなかった。
一方の彩は、沢登と別室になる事には大いに喜びを感じていたが、何故自分が移動しなければならないのだとイラついていた。
だが逆らえばまた何をされるか分かったものではない。
とはいえ、移動先を考えるとこれも嫌がらせの延長戦なのかとも思う。
もしくはただの八つ当たりか。
いよいよ彩が龍之介の部屋へと移動する日、寮生の誰もがそれを不審に思いながらも、口には出来ずに見守っていた。
沢登が絡んでいる事は一目瞭然だ。
“彩の奴、今度は一体何したんだ?”
そんな考えが皆の頭に浮かんだのだが、正確には何かをやらかしたのは龍之介の方だ。
直也への手回しがバレての意趣返し。
彩はただの被害者だ。
そして彩を部屋に迎え入れた龍之介は、先手を打つ事に決めた。
「彩、前にも言ったように俺はお前が好きだ。だからもし俺が何かしようとしたら、遠慮なく殴り飛ばしてくれ。」
開口一番告げられた言葉に、彩は僅かに驚いて目を見開いた。
「ただ、俺を避けるのだけはやめて欲しい。俺はそれが一番怖い。」
真剣に、そして不安げな表情でそう言った龍之介に、彩は「分かった」と一言だけ返した。
龍之介と彩が同じ部屋で過ごすようになって数ヶ月、何事も無く今まで通りの生活が続いていた。
むしろ以前よりも距離が縮まったと周囲からは見て取れた。
実際、彩は龍之介と居ることに心地良ささえ感じるようになっていた。
それが彩に大きな心境の変化をもたらした。
ある日の夜、龍之介が風呂に行っている間に疲れて眠ってしまった彩。
戻って来てその姿を見た龍之介は、一旦目を逸らしたものの、湧き上がってくる思いに逆らえなくなっていた。
そっと彩に近づくと、初めての時とは違いゆっくりと唇を重ねた。
違和感に彩の目が開かれる。
龍之介はしまったと思うが、驚いた事に殴られる事もなく、逆に真っ直ぐに彩の瞳がこちらを見つめてきた。
「気持ち悪くないのか?」
龍之介の問いに対し、
「気持ち悪いって、言って欲しいのかよ?」
と、逆に問い返される。
参ったとばかりに龍之介は苦笑した。
そしてもう一度唇を合わせる。
抵抗される事なく受け入れられたそれは、
「しつこい。」
と彩が文句を言うまで続けられた。
後日、思惑がすっかり外れてご立腹な沢登によって、彩はまた元の部屋へと戻される事になったのであった。
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結局沢登の策略のお陰でくっついてしまった龍之介と彩。
調子に乗り過ぎてはいけないという事を覚えたノボリくんだったり(笑)
実は部屋変えネタで別に龍彩を書いていたりするので、公開した日にはデジャヴ、何て事は思わずそちらはそちらで楽しんで頂けると幸いです。
では、お付き合い頂きありがとうございました!