天童寺CP

□Change in relationship
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『前編』


 二年生の終わり、沢登が新寮長となったバスケ部男子寮にて、新たな部屋割りが貼り出されていた。

それを見た龍之介は、隣に居た新たな同室者となる武蔵に一言ぼやいた。

「職権乱用だと思わないか?」

龍之介の視線の先を辿ると、『301 沢登聖人・如月彩』の文字。

武蔵は苦笑した。

「見事に引き離されちまったって訳か。」

現在は龍之介と彩が同室で、そして二人は恋人であったりする。

更に付け加えると、沢登は彩に想いを寄せていた。

だから龍之介は職権乱用と評したのだ。

横恋慕もいいとこだ。

そこへちょうど部屋割りを見に来た彩と遭遇する。

彩は自分の部屋を確認するなり忌々しげに顔を歪めた。

「冗談じゃねぇ。」

ポツリと呟かれた言葉は怒りに満ち溢れていた。

龍之介はそんな彩に対し、

「何かあったら俺たちの部屋に来ればいい。」

と告げた。

彩は睨むような目で龍之介を見やると、その場を後にした。

「寂しいなら寂しいって言えばいいのにな。」

クスリと笑いながらそう言った龍之介を、武蔵は怪訝そうに見やる。

「どう見ても睨まれてるようにしか見えなかったぞ?」

どこが寂しそうなのかと問うように言うと、龍之介は満足そうに笑った。

「彩の考えてる事は俺にしか解らないってことだ。」



 部屋に戻って荷造りをしながら、彩は大きく溜息をついた。

龍之介とは別の部屋になる上、同室者は自分が嫌ってやまない男。

本当に冗談ではない。

性格上口に出しては言えないが、龍之介と離れる事が嫌だった。

龍之介は彩の中で唯一人、何も言わずとも自分を解ってくれる人間。

そして、誰よりも大切な人。

引き離されるのが怖かった。

不安ばかりが彩の思考を支配していた時、龍之介が部屋へと戻って来た。

荷造りの手を止めて自分を見つめてきた彩を見て、龍之介は思わず彩を抱きしめた。

「部屋が変わったって、彩が困った時は俺が側についててやるから。だからそんな顔するなよ。益々離れ難くなる…」

傍目には不機嫌そうな顔にしか見えない彩。

だが龍之介の目には不安が滲んでいるのが手に取るように解った。

しかし不安なのは何も彩だけではない。

むしろ龍之介の方が不安は大きかった。

沢登に手を出されやしないだろうか、彩が彼に心を開いてしまわないだろうか、と――

ずっと自分のものだけで居て欲しい。

我侭な願いだと解っていても、それだけは譲れない願いだった。



 とうとう部屋変えの日がやって来た。

龍之介と彩は同室での最後のキスを交わすと、各々の新たな部屋へと向かった。

 その夜、寮生のほとんどが部屋で眠りにつこうかという時間に、龍之介は歓談室で沢登に出くわした。

周りに誰もいない事を確認して、龍之介は口を開いた。

「彩に妙な真似はしないでくれよ?出来ればお前の事、嫌いになりたくはないから。」

言葉の意図を汲み取って沢登は苦笑する。

「何もしないよ。彩が俺を嫌ってるのは解ってるし…ただ、これからPGとして彩を使っていく上で、少しでもちゃんと意思の疎通が取れるようにしたい。だからしばらく今の部屋割りで我慢してくれ。」

龍之介はやれやれといった顔で笑った。

「そう言われちゃ引き下がらざるを得ないだろ…悪かったな。」

「いや、逆の立場だったら俺も同じこと考えただろうし、お前が羨ましいのは事実だしな。」

上手く誤魔化された気もするが、これ以上食い下がる理由もなく、龍之介はその場を後にした。

残った沢登はポツリと呟いた。

「本当は半分下心だって言ったら、軽蔑されるだろうな。」



 部屋変えをして間もない頃から、彩が部屋に戻らない事が多くなった。

そんな時はいつも武蔵が沢登の元へやって来て、自分達の部屋に泊めると告げて帰る。

自分では彩の支えにはなれないのだと痛感させられて、沢登は悔しさに身を震わせた。

 一方、龍之介も彼なりに悩んでいた。

プレッシャーに押し潰されそうになっている彩を、ただ抱きしめてやる事しか出来ない。

恐らく今の彩を救えるのは、自分ではなく沢登だ。

彼が彩を認め、そのプレイを最大限引き出す事が出来る日が来たら、彩はこの苦しみから解放されるだろう。

そう思うと悔しくてならなかった。

ただ彩が自分を頼ってくれる事だけが龍之介の唯一の救いだった。

「俺から離れていかないでくれ。」

彩を抱きしめながら呟いた言葉は、心の底からの願いだった。




<次ページの『後編』へ続く>
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