天童寺CP
□変化恋愛
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次の寮長が自分だと告げられ、部屋割りを考えるよう言われた沢登は、真っ先に自分の同室者に彩を据えた。
ずっと片恋をしていた相手。
半年程前まで彩は自分の親友と付き合っていたのだが、その親友は出て行った。
それまで親友の恋人だからと自分の想いを隠していたが、もう遠慮する必要はないと思った。
本当はもっと早くに彩に自分の想いを吐露する気でいたのだが、彼の勘違いを前にそれは叶わなかった。
まずはその勘違いを正す必要があった。
3年になる直前の春休み、一斉に寮の部屋移動が行われた。
自分と同室という事に気に食わないといった顔を見せた彩に、沢登は少し心が痛んだ。
嫌われている事は重々承知しているのだが、こうも露骨に嫌がられると流石に辛いものがある。
それでも沢登には彩に伝えるべき事があった。
部屋の整理を終えて一段落ついた所で、沢登は口を開いた。
「彩、少しだけ俺の話を聞いてくれないか?」
それに対し返答はなかったが、その場から動かない所を見ると、どうやら耳を貸してくれるようだった。
「お前は俺が和彦を好きだと勘違いしてるみたいだけど、あいつはただの親友だ。俺は彩が好きなんだよ。1年の時からずっと。」
切り出された話題に彩は顔を歪めた。
「お前の相手が和彦でなければ、もっと早く言うつもりだった。でももう和彦はいない。彩もそろそろ他の人間に目を向けてもいいだろう?だったらその相手は俺にして欲しい。」
その言葉に、彩は益々顔を歪めた。
苛つきを隠せないといった表情だった。
「俺は好きであいつと付き合ってた訳じゃねぇ。勝手に俺があいつに未練抱いてるような言い方してんじゃねぇよ!」
その言葉の半分は嘘だと、ずっと彩を見てきた沢登には分かっていた。
元々好んで付き合い始めたのではない事は事実だろう。
しかし、全く未練を抱いていないかといえばそれは違う。
和彦を思い出すような場所を彩は避けている。
例えば授業に出なくなったり、極力自室に居る時間を少なくするようになった。
部活を除いてほぼ全ての行動が変わってしまった。
「未練がないなら、俺を見てくれ。俺の向こうに和彦の影を見るんじゃなくて、俺だけを見てくれ。」
懇願するような表情と声音で告げられた言葉に、彩は少しだけ苛立ちの表情を緩めた。
確かに自分は沢登の向こうに和彦の影を見ていたと自覚させられたからだ。
それが悔しかった。
何故嫌いだったはずの男を思い出してしまうのかと。
悔しくて、情けなくて、彩は思ってもいない事を口にしていた。
「なら、お前があいつの影を忘れさせてみろよ。」
まるで誘い文句のような一言に、沢登は目を見開いた。
彩はしまったとばかりに口を覆った。
だが今更否定する事もかなわず、気付けば沢登に唇を塞がれていた。
そうなるともう、何もかもがどうでもよくなっていた。
沢登が自分を好きな事も、和彦の事も、今の状況も――
結局流されるように沢登を受け入れた彩だったが、気に入らない事がいくつかあった。
隠してはいるが和彦と連絡を取り合っている事、誰より和彦を気にしている事。
未練があるのはそっちではないかと怒りが込み上げる。
まるで嫉妬だ。
これではどちらが先に恋愛感情を持ち出したのか分からない。
そう考えて彩は自嘲した。
好き好んで沢登と付き合っているつもりは毛頭なかった。
それなのに自分の中に湧き上がるこの感情は一体何なのか。
いつの間にか消え去った和彦の影。
しかし今度は沢登に捕らわれている自分。
求められる事に快感を覚えている気がする。
一人で居る事が好きなはずなのに、気付けば誰かの温もりを求めていた。
怖かったのかもしれない。
バスケでの周囲が自分に向ける反発的な言動に追い詰められる事が。
だから認められ、求められる事が心地良かった。
ただその相手が沢登だという事に彩の中でわだかまりが出来ていた。
そんな中、インハイを目前にして天童寺に現れた和彦を見て、彩は僅かに怒りを覚えた。
知っていて和彦を迎え入れた沢登にも腹が立った。
そして、本当は口を聞くつもりなどなかったのだが、気付けば帰ろうとしていた和彦に勝負宣言をしていた。
和彦からの返答はなかったが、勝負を受ける気はあるらしい事は表情から分かった。
もう未練など感じもしない自分に安堵しながら体育館に戻ろうとした彩だったが、そこへ入れ違いで沢登が戻って来て、彩は思わず隠れてしまう。
「和彦、昨日言い忘れたんだけど、俺、今彩と付き合ってるんだ。昔はお前に先を越されたけど、今度は負けるつもりはないから。」
挑発的に発せられた言葉に和彦はどこかやり切れないといった表情を見せた。
「そっか。やっぱり沢に獲られちゃったか…ほんとはインハイが終わったらもう一度彩に告白しようと思ってたんだけど、彩が幸せならそれでいい。俺は、傷付けちゃったから…」
思いも寄らない言葉だった。
もう自分の事などすっかり忘れて、新しい生活を満喫しているのだろうと思っていた。
「お前がまだ彩の事を想ってるって事は分かってたよ。でも俺は何があっても彩だけは譲らない。お前がここを出て行った事は許せても、彩を傷つけた事だけは許せないから。」
彩はギュッと目を閉じた。
沢登が和彦に対してそんな物言いをするなどと考えたこともなかった。
如何に自分が想われているのかを実感する。
もう自分が縋る相手が沢登である事に負い目はなくなっていた。
立ち聞きなどと悪趣味な真似が、彩の心を覆っていた暗い雲を払い去った。
これからは少しだけ素直になってやってもいいかもしれない、そんな事まで思ってしまう彩であった。
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結局丸く収まってしまった沢彩。
私的にはもっとドロドロになるかなと思ってたんですけどね。
哀彩を読んで頂けると、沢登と哀川の会話が「ああ、これね」という感じになると思います。
宜しければそちらも見てもらえると大変嬉しく思います!
それでは、お読みいただきありがとうございました!