瑞穂CP
□作用と反作用〜第4話『求めるものと拒むもの』
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メンバーの想像、はたまた周囲の予想通り、瑞穂男子バスケ部のインターハイは呆気なく幕を閉じた。
一つの目標が終わりを告げると、トウヤは受験勉強を始める事にした。
ただインターハイが終わってからずっと、トウヤの頭を支配していた事が一つあった。
榎本の事なのだが、合宿で少し手を出されて以来、全く何もされないのだ。
大会中は何もなくても疑問を抱く事はなかった。
だが大会が終わっても榎本が何かを仕掛けてくることもなく、それがトウヤの不安を煽っていた。
どんどんハマっていく自分を余所に、もしや榎本に呆れられたのだろうかと思ってしまう。
しかし別れを告げられる訳でもなく、態度が変わった訳でもなく、人の心を読むのに長けているのが自分の長所だというのに、榎本に関しては何も掴む事が出来なかった。
『手を出して欲しい』
そう言ったら、榎本はどんな顔をするだろうか?
考えるだけで少し怖い気がした。
募る思いは留まる所を知らず、いよいよ耐え切れなくなったトウヤは榎本に聞いた。
「俺の事、嫌いになった?」
思いがけない質問に榎本は目を見開いた。
だがすぐに冷静さを取り戻すと逆に問い返した。
「何でそう思うんすか?」
トウヤは榎本から視線を逸らすと、頬を紅潮させながら言い難そうにしながらも告げた。
「だって榎っち、あれから何もしてこないじゃん…」
合点の行った榎本は一つ溜息をついた。
少しの沈黙を置いて、榎本は口を開く。
「それって、何をされてもいいって意味に聞こえるですけど、いいんすか?」
素直にコクリと頷いたトウヤに、榎本は顔を歪めた。
「俺は…俺は、トーヤさんの期待には応えられません。」
「え?」
驚愕と悲哀の表情で榎本を見つめるトウヤ。
榎本はただ視線を外してそれを受け流すと、そのままその場を後にした。
残されたトウヤは焦りと悲しみで、自分が今どこに居るのかさえ忘れる程に困惑していた。
気付けば頬に冷たい雫が流れていた。
榎本はどうしたらいいのか分からなくなっていた。
一度トウヤに手を出してしまってから、自制心をどこかに置き忘れてしまったかのように、己を抑止出来なくなっていたのだ。
きっと今トウヤに触れてしまおうものなら、場所も何も考えず、トウヤを滅茶苦茶にしてしまう気がした。
そこまで受け入れてくれるのか、まだ自信がなかった。
例えトウヤ本人が自分を求めてくれていても、彼の思う自分とは全く違う自分を見せる事になってしまうと考えていた。
だから手を出せない。
せめて自分をコントロール出来るようになるまでは。
もしそれを待ってもらえないのなら、この恋は終わらせるべきではないのか。
トウヤへの想いが大きくなればなる程に、そう思わずにはいられなかった。
好きだから別れる。
そんな綺麗事はよく流行りの歌の歌詞に出てくるが、昔は愚かしいと思っていたそのフレーズも、今なら何となく理解出来る。
例えば傷つけたくないから、例えば嫌われたくないから――
けれど、別れる、という事は考えられなかった。
トウヤが他の誰かのものになるのは嫌だ。
かといって己の欲望をぶつけて嫌われるのも嫌だ。
ならばどうすればいいのか。
まだたかだか高校2年生の榎本には判断出来なかった。
一方トウヤは、榎本から告げられた言葉に『別れ』の二文字がちらついて仕方なかった。
それより他に道が見つからなかった。
自分の思いと榎本の思いが違っているのなら、それは終わりを意味していると思っていたからだ。
余裕を失った自分に失望されたのか。
確かにあの時までは、あの合宿の夜までは、榎本は自分を好きでいてくれたはずだ。
一体彼が自分に何を求めていたのかが知りたかった。
直せるものなら何だって直す。
僅かな可能性にすがり付こうとする自分に情けなさを感じながらも、そう考えずにはいられなかった。
初めてキスをされた時からもう、榎本に捕らわれてしまっていたのだ。
だが、そもそも自分を堕としたのは榎本の方ではないか。
それなのに何故拒まれねばならないのか。
考えるうちに段々と腹が立ってきた。
“もう別れる!”
トウヤが自棄になりながらそう考えた時、榎本が改めて話したいと言い出した。
皮肉にもトウヤの心には期待が湧き上がっていた。
二人は午後の授業をサボって屋上に居た。
榎本は遠くを見つめながら口を開いた。
「ここでトーヤさんが他の2年の奴らと仲良く飯食ってる姿見て苛々するようになってから、もう一年近く経ちます。」
突然昔話を始めた榎本に、トウヤは期待が不安に変わるのを感じた。
だいたいこういう流れというのは別れ話の前によくあることだとクラスメイトの話にあったのを思い出す。
やっぱりそうなのかと思ったトウヤだったが、突然視線を向けられてドキリと硬直した。
「今はあの時の苛立ちなんて比じゃない程、腹が立って仕方ない。なのにあんたは誰にでもヘラヘラ笑顔ふりまいて、いくら俺のものだって見せつけてやろうかと思ったか知れない。」
話の空気が変わっていく。
トウヤは少し驚いた表情を見せた。
「こうやって二人きりになる度、俺が何考えてたかトーヤさんは知ってますか?」
トウヤは首を横に振った。
「いつもあんたを押し倒して、滅茶苦茶にして、泣かせてやりたいって…そんなあさましい事ばかり考えてた。でも、俺がこれ以上自分のやりたいように手を出したらあんたが離れていくんじゃないかって不安で、だから…何となくトーヤさんが俺に抱かれたがってるの分かってたけど、優しく出来る自信はないし――」
榎本がそこまで言った所で、それを遮ってトウヤが口を開いた。
「誰が優しくしてくれなんて言った?!だいたい、そんなので離れてくなら、初めからお前を受け入れてないし!ていうか、俺が抱かれたいって思ってるの分かってるなら好きなようにすればいいじゃん!榎っちってそんなしおらしい性格だったっけ?!ああもう、らしくなくて苛々する!俺は横柄で強引なお前だから好きになったの!我慢されて俺がどんだけ不安にさせられたか分かってないっしょ!」
言いたいだけ言い終えたトウヤに対し、榎本はフッと安心したように笑みを浮かべた。
「不安にさせてすみませんでした。でも、そんなに強引なのが好きだとは知りませんでした。」
丁寧な言葉にトウヤは何となく嫌な予感にかられた。
「てことは、ソッチの方も強引でいいって事っすよね?」
やっぱりそう来た、とトウヤが思うと、榎本の手が伸びてくる。
「じゃあ遠慮なくいただく事にします。」
逃げる事こそしなかったが、トウヤは身を硬くさせた。
しかしトウヤに触れようかという所で、榎本の手が下ろされた。
「と言いたい所ですけど、なるべくトーヤさんに痛い思いはさせたくないし、今はやめておきます。」
大人っぽい表情で苦笑を向けられて、トウヤは参ったと心の中で降伏した。
自分より榎本の方がずっと大人だと痛感させられた。
そして、期待に胸を膨らませている自分に呆れながらも、きっと榎本にはこれから先も屈服させられ続けるのだろうと観念せざるを得なかった。
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大事な部分から逃げた今回の一番のヘタレは作者…
本当はね、ナニな話をここに持ってくるつもりだったんですよね。
でもちょっと心理的なものを入れておきたくて、とりあえずワンクッション。
次は多分…多分そういうのを…書く、かも?
そこはもう神のみぞ知るということで。
どうもありがとうございました!