盲目の星

□盲目の星
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1.


 大学三年の冬休み。
 教授が死んだ。


 尊敬してた人だった。「文芸学科」に所属していた私は、教授に会う為に教授の「近代文学」のゼミを取った様なものだった。
 物腰が柔らかく、白髪で、丸眼鏡越しに、やんわりと微笑む人だった。
 ゼミのみんなと教授の部屋の片付けをしに行った時、私は悲しみのあまり、泣き崩れたのを今でも覚えている。
 六十を越えても尚、未だ独身だった教授に、私は恋をしていたのだ。
 一生で、一番の、最高の、片想いだった。


 教授はもういない。
 もういなくなって、二週間、経つ──


 それを忘れた訳では決してないのだけれど……気が付けば、教授の部屋の前に立っている自分がいた。
 今朝だって、いつもの様に……水筒に容れたあったかい緑茶をゼミ前に持参して、教授の部屋の前に立っていた。
 そんな自分に我に返り、呆然とする。
 ──いないのに。
 分かってるのに。まだ頭が混乱してるんだろうか?
 空っぽの部屋には、もう誰も──
「おや?」
 誰、も……?
「やあ、ここに越してから初めての客人だ」
 ビックリした。
 目の前には……四十前後ぐらいの、ひょろっとした男性がひょっこりドアから現れていた。
「え? え? あの……っ──」
「週末にね、越してきたんだ。死んで間もない人間の部屋だからやめとけって言われたんだけどさ」
 ──僕は鳥羽春樹。宜しく。
 差し出された手を、私は思いっきり良く叩いていた。
「なんなんですか、アナタ!!!」
「菊池、春樹さんだよね? 名前が一緒だったからすぐに覚えた。足げく堂本教授の部屋に通ってた事も、聞いてる」
「な、んで……そんなに、私の、事……」
「今日から僕が、君たちのゼミを担当する事になったからね」
 頭の中が真っ白になった。
「は? え?」
「いや、ほら、……まだ君たちのゼミが終わった訳ではないだろう? 進級論文提出も残ってる事だし。僕はその為に来たんだ」
 理屈では分かる。
 堂本教授が亡くなられたから、代役を立てなければいけないのも分かる。
 でも、だからと言って……こんなへらへらした男が、教授の、代役?!
 ──嘘でしょー!!! と、叫びたい気持ちに駆られた。


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