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□人を食べる電子
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 真っ白い空間に、岩肌が浮かんでいる様に立っている。
 優香は読み込んだ愛用のフィッシュを手に、辺りを見回しながら呟いた。
「ホントにここが、巷で噂のアクションゲームの中なのか? 軍にある戦闘シュミレーションとなんら変わりないぞ?」
 どちらかというと、それよりも、簡素だ。
「人気があるから一体どんなCG映像が繰り広げられるのかと思ったら……」
『まあもう少し待ってろって。世界が変わる』
 通信の鴟隈(しぐま)の声に耳を傾けていると、一つの風が頬を掠めた。
「風?」
 感じた瞬間、辺り一帯が草原へと変わった。緑の匂いが鼻をつく。
 岩肌は、草原に少しばかり姿を隠され、上を見上げれば今にも雨が降り出しそうな雲が覆っている。
 それに、少し寒い。
「何これ?!」
 驚いている優香に、鴟隈は笑いながら応えた。
『今のゲーム界は日々進歩してるからな。これで人気がある理由が分かったか?』
「リアル過ぎて気持ち悪い」
 鴟隈は笑っていた。
 この空間に居続けると、確かに現実世界とその境界が分からなくなってくる。
「……戻ってこれなくなる理由も、分かった気がするよ」








【人を食べる電子】前編








 その依頼を、0小隊に持ってきたのは樫だった。
 自分の管轄とも言いがたい事件で、少し困っているという。

 事件の経緯はこうだ。
 一週間前、ゲーム制作会社「ナハトマート」で社員を含む十五人の人間が意識不明のまま病院に運ばれた。
 彼らは「リアルタ」というサバイバルアクションゲームを手掛けており、完成したものを試運転の為、一般から十名の試乗を呼びかけていた。
 しかし、十名が十名ともに、「リアルタ」から意識の生還を果たさず、時間ばかりが過ぎて行った。
 エンジニアがシステムを調べてみても、彼らの気配は何処にも存在しない。
 仕方なく、五人の社員が「リアルタ」にダイブしてみたものの、その社員ですら管理システムから姿を消したというのだ。

 そこで、なんでも屋でもあり、戦闘シュミレーションをさせれば右に出るものはいない、という0小隊に白羽の矢が立った。
 シュミレーションと暴れる事が大好きな優香が、真っ先に名乗りを上げたのだが──彼女一人だけは心もとないという事で、地下室で好き勝手な研究に耽っている万能科学者、鴟隈にも声がかかったのだった。
 相性は最悪な二人だが、仕事なら、と優香は仕方なく承諾した。
 人間としては少しおかしな部分もあるが、研究者としては優秀な鴟隈。
 アクションが得意な優香。
 鴟隈はシステム面で、優香はゲーム内にダイブしての捜索をする事になったのだ。


『とりあえず先に進めよ。今んとこ害はない』
 鴟隈の言い方がなんだか嫌らしかったので、優香は思わず眉根を寄せたのだが、気味悪がってこの場を動かない訳にもいかず……仕方なく草原をかきわけて進む事にした。
 身長の低い優香は草に埋もれ、黒髪のツインテールがぴょこぴょこと草間から垣間見える。
 一陣の風が、過ぎていった。
 それは、生温かく、肌には違和感を覚えるもので……優香は更に顔をしかめた。
──本当に何もかもがリアルだ。これじゃあこちらの感覚もおかしくなっちまうよ。
 胸の内でごちていると、突然、岩場の影から赤い目をした魔物が襲いかかってきた。
 反射的にフィッシュを構えて撃ち込む。
 
 ダンッ

 銃声と共に、魔物は草原に倒れ込んだ。
「な……な……っ」
 優香は未だ銃を構えた姿勢のまま、鴟隈によく聞こえる様に吠えた。
「なぁにが、害はない、だー!!!!!!!!!」
『……うっせぇな。今んとこシステムのエラーやバグらしいもんはない、って意味での「害」だよお前。そいつはゲームの正式な的、だ』
「そういう事は早く言えっつぅの!」
 ぎゃんぎゃん吠える優香にはお構いなしに、鴟隈は続ける。
『あぁ、それから……お前フィッシュはあんま使うなよ? バグ対処の為に、読み込んだフィッシュの弾は特殊なデータ加工してあって弾数も少ない』
「……それも、聞いてないぞ?」
『もう一丁持たせただろう?』
 優香は腰に吊るされたベレッタを眺めて苦い顔をした。
「オートマ嫌い」
『好き嫌いすんな。それがゲーム上の正式な──』
「銃だって言いてぇんだろ? はいはいはいはい、分かりましたよ」
 優香は愛用のフィッシュをフォルダーに戻すと、持ちなれないベレッタを手にした。
「……やだなぁ」
 少し大きめのベレッタは、手に馴染まない。
 ほふっと息をつくと、再び優香は前へと進んだ。
 魔物の横を通った時に真っ赤な血溜まりができていてギョッとしたが、魔物はオオカミを形どった様なものだった。
「こんなんがいくつも出てくんのか……」
 シュミレーションには馴れているものの、やはりこういった本格的なサバイバルゲームは体験した事がない。
 優香は両頬をパシッと叩くと、「よしっ」と気合いを入れ直した。





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