番外

□深海魚
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 彼は不正を暴く為…

 権力を剥奪された












**深海魚**












 どんよりした雲は、雷を連れていた。
 薄暗い倉庫の中で、時折稲光が光る。
 そこに二人の軍人が佇んでいた。一人は若い男で、左目に片眼鏡を嵌め込んでいる。もう一人は右顔面が火傷で覆われており、片眼鏡の男より少しだけ年がいっていた。彼はデスクにもたれ掛かり、直立で立っている相手と向き合う様に座っていた。電子画面から放たれる淡い光だけが、彼らを照らしている。
「オレは戻らねぇぞ」
「やはり…駄目ですか?」
 若くして大佐という地位に昇格した元部下を、片目を失った男はため息をついて見つめた。
「大佐んなって浮足立ってんのは分かるがな…蒼桐。オレはもう戻る事はできない」
「そんな事おっしゃらないで下さい、枸橘-カラタチ-少将」
「今は少尉だよ…」
 二人の間に、強い稲光が刺さった。それからしばらくして、大きな雷鳴が轟く。
 枸橘は、少し俯きがちに、自分の焼けただれた顔の半分を押さえて呟いた。
「もう…手遅れだ。オレは誰の上にも立たないし、そんな地位に戻る気もない」
「しかし…もうしばらくだけでも、私の、上に…。貴方と私は同じ志を持っていた筈です」
 沈黙が降る。
 その間にも、雷は勢いを増して鳴り響いていた。
 枸橘は、苦い顔をしている元部下を前に、しばらくぼんやりとしていたが、やがて目を伏せて呟いた。
「ま、そんな事より…蒼桐、先日話していた隊の件は…引き受けてくれるか?」
「…0小隊、ですか?」
「あぁ。ナイスネーミングだろ?」
 くつくつ笑う枸橘を、蒼桐は複雑そうに見つめた。
「しかし、こんな都合のいい隊の申請が…果たして通るかどうか…−」
「通るだろ。奴らは潤滑油になる。軍にとっても願ったり、だ」
 強い稲光が暗い倉庫の中を一瞬白く明るくする。…その光りの中で、枸橘の顔は卑屈に歪んで見えた。
「…なんにでも化けられるジョーカーは手札に入れておくもんだろう。だからお前に託すんだ」
「しかし…だったら尚の事、貴方が管轄を…」
 先程の光の反動で、倉庫内に激しい轟音が響いた。声が、掻き消される。
 これ幸いと枸橘は笑って、大佐に昇りつめた元部下を見つめた。
「頼んだぞ。堕落した軍人の…最後の悪あがきだ」
 これ以上…何を言っても無駄なのだろう−蒼桐は目を閉じて、敬礼をした。

 雷鳴は、凄まじい稲妻を最後に徐々に遠退いていってる様だった。
 やがて雨の音が慎ましく聞こえ出し…去って行った雷を慈しむ様に…静かに降り続いていた。









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