その日は、
雨がしとしとと……
降り続いていた。
【雨降り】
珍しく仕事が早く片付いた木蓮は、定時に寮へと戻り、夕飯を買いに総菜屋へと向かっていた。
向かって、いたのだが――
一人の少女がうずくまって雨に濡れている。
しかも傘は下に置いたままだ。
考えるよりも早く、木蓮は少女に近付いていた。
近付いてよく見てみると……それは、よく見覚えのある――
「へぇっくしょぃ!!」
豪快なくしゃみに思わず笑ってしまう。
その少女は紛れもなく、よく見知った少女――否、軍人だったからだ。
「風邪を、ひいてしまいます」
そっと、傘を差し出してやる。
少女はゆっくりと、振り返った。
「木蓮さん」
「雨に濡れて、一体何をしていたんですか? 優香さん」
優香は無言で置いてある傘の中を指差した。
「あぁ……これは――」
そこには、小さな子猫が三匹、もつれ合う様にうずくまっていた。
「うちのアパートはペット禁止だからさぁ。しかも半端ねぇの。大家の動物嫌い」
思わず、木蓮は吹き出してしまう。
「笑い事じゃないんすけど……」
雨に濡れているせいなのか、それとも真剣に子猫達の事を考えているのか――優香はふて腐れた様に呟いた。
「連れて、帰りましょうか?」
「……は?」
優香は怪訝な顔で木蓮を見つめた。
「だって、木蓮さんて……軍の寮で暮らしてるんでしょ?」
「はい」
「あ!もしやっ!」
優香は慌てて子猫が入ってる段ボールを覆い隠した。
「科軍のモルモット用に連れていくつもりじゃぁああ!!」
「まさか」
木蓮はくつくつと可笑しそうに笑った。
「ひとまず私が連れ帰って、もらってくれそうな人を探してみます」
優香は目を真ん丸く見開いて、ぼやく様に呟いた。
「大丈夫……なの?」
「はい。……実は、内緒で飼ってる奴もいるぐらいですから。猫や、小さな犬なんかは」
雨に濡れた段ボール。
木蓮は高々と持ち上げた。
優香の黄色のビニール傘がころん、と転がる。
「優香さんも早く帰られては? 本当に風邪を引いてしまう」
慌てて優香はビニール傘を拾った。
「あのさ――」
少し、バツが悪そうに木蓮を見遣る。
「もし、飼ってくれる人が見つかって、その人の家とかが近かったらさ、その……見に行ってもいいかなぁ?」
いつもは、必死な顔で軍を走り回っている小さな軍人。
初めて見る、幼さの残る表情。
思わずそっと、濡れた髪を撫でていた。
「きっと大丈夫です」
木蓮を見上げた優香の顔は、晴れやかな笑顔をしていた。
二人は、ゆっくり歩を進める。
「ホントはさ、全部飼いたいぐらいだったんだ」
「猫好きなんですか?」
「いや、動物は大体全般的に好き」
雨に消されていく二つの影。
穏やかな会話が、しとしと降る雨の音と共に……優しく地面へと降り落ちていた。
end