抜け道をぬければ

□ヒトリニナリタイ
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ヒトリニナリタイ











例えば

弟や妹がおらへんかたら

俺の生活は どう

変わっとったんやろ







…なんて考えてみた所で意味あらへんけどな



綾部は家の戸を雑巾で磨きながら考えていた。







きゃはははははは







ふと女子の笑い声が聞こえてくる。





「一華ー?誰か来とるんかー?」

「あ、友達ー」





そういうことは先に言っておけ、と呆れる綾部に長女一華が近付いてくる。





「そういえばお兄ちゃん、さっきみんなに家キレイやねって褒められた」

「なんやて!!!」





綾部の目が光った。
家族にとってきれいなことが当たり前となっている中
そうやって褒めてもらえたことは嬉しかった。




「よっしゃ!!!おやつ奮発したるで!!!今こそ隠し戸棚の出番やー♪」

「…お兄ちゃんってなんでそんなに掃除好きなん?」

「ん?好きか?俺」





兄は毎日時間があると家の掃除をしている。
しかし本人は全く気付いていないようだ。
無自覚の兄に一華は驚く。





「何言うてんの。めっちゃ好きやん。今もやっとたくせに」





それでも彼は「わからない」と言った顔をする。





「そうやろか?…まぁ自分らしょっちゅう汚すしなぁ…もう条件反射みたいなもんやわ」





綾部はニコリと微笑んだ。









「でも強いて言うならあれやな。この家をきれいに保っとるっていう満足感がええんや」









この家を

誰に見せても

恥ずかしくないように

俺が維持する

もしかしたらこれが









俺の誇りってヤツなんやろか




























だからー

「綾部も一緒に行こうよ!!カラオケ!!」





休み時間、岸田と希夕が綾部を遊びに誘う。





「うーん、でも俺、家事あるしなあ…夕飯作らんと」



「…なあ、俺らもう中三やろ?そろそろ受験も始まるし、これがクラスで集まれるさいごかもしれへんで」



「一日くらいダメかな?みんなも、綾部来てくれたら嬉しいと思うよ?」



「……」




























「…という訳で、来週なんやけど…一日だけ遅くなってもええやろか?」





家事はいつも全部自分がしている。
綾部は半分諦めながら弟と妹に聞いてみた。





「なんや、そんな事?」

「ええよ。たまには遊んで来ぃ?」

「 !! 」



























「「「カンパーイ!!!」」」





ドリンクの入ったグラスがぶつかり合う。





「わー綾部がおるー!!!はじめてやない?」

「今日大丈夫なんか?」

「あ…あぁ、弟たちに頼んで来たから」





一気に盛り上がる雰囲気に綾部は圧倒されながらも笑う。
いつもみんなはこんな感じで遊んでいるのか。
そして、今日は自分も一緒に楽しめる。







「よっしゃ、ほな綾部曲入れろー!!」
































「そういや、あいつら布団取り込んだかな」





綾部は全員分のドリンクを部屋まで運んでいる最中、ふと言った。
頼んだとはいえ、やはり心配だ。





「なんや、ちゃんと頼んで来たんやろ?信じてやれやお兄ちゃん」



「……せやな」



























ザ――

パシャ



楽しかった時間も終わり帰り道。
気付かないうちに雨が降り出したようだった。
傘など持っていなかった綾部は、急いで走りながら帰る。






雨降っても聞こえへんとは。
カラオケっちゅーのは危険な場所やなぁ…







ほんま



あいつらに頼んできて良かったわ…





「ただいまー」





きゃははは





「ん?」





一華んとこまた友達来とんのか…





ガチャ





「ただいまぁ」





リビングのドアを開け入ると





「なっ!!!なんやねんこれ!!!





リビングはお菓子やおもちゃで散らかっていた。
三男の秋三と幸四郎、次女の小末はテレビゲームで遊んでいる。





「わーっ、お兄ちゃんが帰ってきたでー!!」

「きゃあー!!」





三人は笑いながらパタパタと逃げていく。





「こらっ、待たんかい!!!ちゃんと片付けて…」





ガサッ





きちんと留守番は出来ないのか。
怒鳴る綾部が戸棚の上に手を置く。
するとそこには覚えのないメモ用紙があった。



「ん?なんやこれ…」







ちょっと

遊びに

行ってくる

  梅次














まさか



まさか







ザアアアア





急いで階段を駆け上り
ベランダのドアを開けた。
相も変わらず降る雨が
洗濯物に染み込んでいる。





ぐちゃ





「……はは…なんやこれ…」





大した言葉が出なかった。
もはや怒りさえ感じない。





びちゃっ





早く中に取り込まなくては。
長時間水を含んだ掛け布団を抱える。







ズッ バシャ――ン







サンダルは濡れたタイルで滑り
綾部は抱えていた布団の上に倒れこむ。
身体は冷え、上手く動かない。





「……」





ドロドロになった布団を見て綾部は、沸々と湧き上がってくる何かを感じた。





「……こりゃもうだめやなぁ…使いモンにならへん…」





わけもなく笑った。









「……っ」





土砂降りの雨のように、涙が溢れ出した。









雨と泥で汚れて重くなった布団は



今までの俺の誇りも







全部ぐちゃぐちゃに潰した












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