備品室

□蝉の声
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ミーンミンミン ミーンミンミンミン…――





一年前、俺は早乙女に出逢った。
暑い夏の日差しが降り注ぐ。
俺はその日も勿論授業をサボっていた。





「…あっつ」





いくら木陰とはいえ、暑い事に変わりは無かった。







「君、サボりはダメだぞっ!」







急に現れた女にそう言われた。





「…そういうアンタもサボりだろ」

「あ、確かに」





馬鹿だコイツ…。
その女はストンと俺の隣に座るとしゃべりだす。





「えっと、私は早乙女愛と言います。わけあって入院生活を送っています。」

「…は?」





変な女。それが早乙女への第一印象だった。





「今日一日だけ、学校への登校が許されました」

「…どういう事?」

「私、もうちょっとで死ぬんだって」





返ってきた一言は、とても俺には重いモノだった。





「だから、今までやったこと無い事とか、好きなこと一杯やるって決めたの!」

「…そんでサボってんだ」

「うん。数学は嫌いだからね」

「へー…」









ミーンミンミン ミーンミンミンミン…









静かな中、蝉の声だけがやけに耳に付く。





「…蝉、好きなんだ〜私」





ぽつりと呟く早乙女という女に共感できない俺。





「そう?煩いだけじゃん」

「蝉ってさ、すぐ死んじゃうでしょ。それでかな?自分と重なっちゃうわけ。
生きたいって、なんとなくそう聞こえてくるの」





言葉が出なかった。生きたいと、力強く生きたいと願う儚げな少女にかける言葉など思い浮かばなかった。







キーンコーンカーンコーン…







「あ、次音楽なんだ!行かなきゃ!!」





早乙女は「じゃあね」と言うと、立ちあがってゆっくりと走っていく。





「あ、そうだ」





途中で立ち止まると俺の方に振り向いて叫んできた。











「河内智広っ!ずっと好きでしたァアア!!」










キョトンとした俺を見てニカっと笑った早乙女は、そのまま走って行った。
たぶんコレも、死ぬまでにしたかったこと。











…変な女











蝉が、俺の声を掻き消した。











学年が上がる頃、早乙女が死んだという話題が、校内で広まった。









ミーンミンミン ミーンミンミンミン…――









あの夏の記憶は忘れられない。



俺の記憶に刻まれた少女と蝉。



また、去年とは違う蝉が鳴いている。









生きたいと。強く。













   

ただ響くは 蝉の声



(それは、人が忘れた命の叫び…)





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