紅い館の見習いメイド

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 部屋に入った瞬間、呑み込まれた。
 ただの小娘である私にも、それくらいは理解できた。
 色素の薄い髪、桃色を基調とした服、身長は低く、まるで十にも満たない子供のようだ。
 しかし。背中にある身長よりも大きな蝙蝠の羽が人間ではないことを如実に語っている。
 吸血鬼。
 以前拾った外の世界の本では、化物、怪物、人外、夜族、物の怪、異形、不死の王とも記述されていた。
 それらを読んだときも思ったが、これは格が……いや、最早存在している次元が違う。
 彼女は私よりも、上の次元にいる。
 何て、圧倒的。
「ソレが、新しいメイド?」
「はい。見習いですが」
 凄い。
 思わず尊敬の言葉が小さく漏れる。
 十六夜さんは、こんな規格外な存在を前にして、臆することなく話していられる。
 それが、従者。それが、めいど。それくらい出来なければ、やっていけないのか。
「ふぅん? なるほどね。クク、面白そうじゃない。いいわ、面倒を見てやりなさい」
「はい。お嬢様」
「……ああ。いいこと思いついた。咲夜、ある程度使えるようになったらフランの専属メイドにしなさい」
「それは……」
「命令よ。ある程度使えるようになってからでいいわ」
「……分かりました」
 えっと、何? どういうこと? 何の話?
 呆気に取られすぎて何を話していたのかさっぱり聞いていなかったんだけど……。
「貴女、名前は?」
「あ、えっと、夜空天満といいます」
「そう。私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の現当主で、貴女の雇い主……つまりは主人になるわ」
 そしてにっこりと、誰もが見惚れるような笑顔を見せる吸血鬼……ご主人様。
「え、えと、よろしくお願いします!」
 勢いよく頭を下げる。
「そんなに畏まらなくていいわ。今日から咲夜から様々なことを学んで、役にたってちょうだい」
「は、はい! 頑張ります!」
 えと、ご主人様から頑張れって言われたんだよね? きっとそうだよね。
 ……頑張らなくちゃ。
「じゃあ、下がっていいわよ」
「失礼します」
「失礼しますっ」
 今まで黙っていた十六夜さんがそういい、お辞儀をしてから部屋を出る。
 私も見よう見まねでそれを行い、十六夜さんの後について行く。
 部屋から出て少し。ふぅっと息を吐き、肩の力を抜く。
「コラ。気を抜かないの。紅魔館のメイドは完璧で瀟洒でいなければならないのよ」
「は、はい」
 そこを十六夜さんに見咎められる。
 瀟洒……どういう意味だろうか? 後で調べておこう。
「とりあえず、今日は掃除の説明だけしておくわ」
「はい」
「掃除は基本的に午前中に終わらせること。特別な手順を踏むものは私がやるから、貴女は妖精メイドたちに指示を出して床にモップがけ、窓拭き、トイレ掃除をしてもらうわ。
 余裕が出来たら、私の仕事も手伝ってちょうだい。後は……そうそう。晴れの日は窓拭きをしたらカーテンを閉めておいて、夜になったら開けること」
 それはつまり、日光が入ってきたらダメということか。
 吸血鬼だもんね。日の光を浴びると灰になっちゃうんだよね。
「あの、午後は?」
「そうね。ついでに説明しておきましょうか。午後はお嬢様の相手や、食器、食材の買出しね。お嬢様が起きている場合、三時にはティータイムがあるからそのつもりで。買出しに行くときは美鈴を連れて行きなさい。人間の貴女には持ちきれない量だから」
 美鈴さん……あの門番さんのことだろうか。
 あの人も、人間じゃないのか。少しビックリ。
「夜はお嬢様の相手よ。血を吸われることがあるかもしれないけど、死んだりはしないから安心して。……そうそう。この館の地下は図書館になっているのだけど、そこにはお客様がいるの。くれぐれも粗相のないように」
「はい。分かりました」
 お客様……どんな人だろうか? いや、人じゃないかもしれないけれど。
 それと、血を吸われるのかもしれないのか……やっぱり、痛いのだろうか? 吸血鬼になってしまったり。
「一つ、言い忘れていたことだけど」
「何でしょうか?」
「お嬢様の機嫌を損ねたら、貴方の運命が途絶えるわよ」
 ……? えっと、何が言いたいのだろうか?
 運命が途絶える。運命は物事の決まった道のようなものであって、それが途絶えてしまう。
 つまり、死?
 …………。
「肝に銘じておきます」
「そうしてちょうだい」
 うう〜、怖い怖い。嫌だよ、死ぬことになるなんて。
「手遅れかもしれないけどね」
「え?」
「何でもないわ。さ、今日はもういいから部屋で大人しくしておきなさい。明日に備えてしっかり休むこと」
「はい」
「部屋は妖精メイドに案内させるから、しばらくここで待ってて。私は仕事に戻るから」
 言い終わると、十六夜さんの姿が消える。
 ふぅっと、肩の力をもう一度抜く。気疲れしてしまった。
「言い忘れてたわ」
「うわぁ!?」
 と、いきなり十六夜さんが現れた。いなくなったと思っていたので物凄くビックリ。胃が飛び出るかと思った。
「私のことは、メイド長と呼ぶように」
「分かりました。めいど長。……それだけですか?」
「ええ、それだけよ。じゃあ、また明日。頑張ってちょうだいね」
「はい。頑張ります」
「スグに死なれては寝覚めが悪いものね」
「え?」
 最後にボソッと呟かれた言葉は聞き取れなかった。
 確認しようと聞き返すが、既にめいど長はそこにはいない。
 一体、何を呟いたのだろうか?




 妖精めいどに案内されて、これから生活の拠点となる部屋へ。
「うわぁ……何にもない」
 あるのはべっどと、くろーぜっとと小さなてーぶる。
 見事に殺風景である。
 だが、私物の持込はOKらしいので(今の私には存在しないが)、適当に持ち込んでみよう。
 午後の買出しに行くときに、何か拾えればいいなぁ。
「できれば、煙草がいいな」
 外の世界の。せんせーによれば外の世界の煙草は有害性が高いらしい。外の世界のものに限ったことではないが。
 しかし、そこは私の能力で解決。いくら吸っても健康に害を与えることはない。
「お酒もあればなおよし」
 これは日本酒でも洋酒でもいい。出来れば高級で美味しいもの。
 でも、幻想郷に外のお酒が来ることって少ないんだよなぁ。外の世界でもお酒は重要なものなのだろう。
 ……そういえば、この館にはお酒があるのだろうか? あるのなら、飲んでみたい。ブドウ酒とかないかな。
「つまみもあれば最高だよね!」
 ちーずとか、かしゅーなっつとか、スルメとか。シイタケの傘に肉を詰めて油で焼いたものでもいいなぁ。
 洋食のつまみとかはどんなものがあるんだろうか? 先にあげたちーずとかはありそうだが……。
「おっと、いけないいけない。涎で汚すところだった」
 まだ一日しか着ていないのに汚すのは嫌だ。
 汚すという言葉で思い出したけれど、お風呂は何処にあるのだろうか?
 一日に一回くらいは体を洗浄したいのだけど……出来ないなら仕方がないかなぁ。
「明日めいど長に聞いてみよう」
 呟いてべっどに飛び込む。すんごいふかふか。とろけそう。
「こんなところで寝たら起きれなくなりそう」
 冗談抜きでふかふかに包まれて昇天しそうだ。天に昇るような心地とはまさにこのことだろう。
 ゆーっくりと魂が抜け出ていきそう。
 ……それでもいい気がしてきた。
「ってよくないよくない」
 一瞬変な考えが頭によぎり、それを打ち払うかのように体を起こす。
 流石に仕事が始まる前に昇天するのはだめだ。だめだめだ。せめて一ヶ月は仕事しないと。それなら過労って言い訳できるかもしれないし。
「いやいや、言い訳したら駄目だよ」
 自分で自分の思考に突っ込み。我ながら独り言が多い。傍から見たら気持ち悪いことこの上ないだろう。
「そういえば……月給幾らなんだろう?」
 そもそも月給なのだろうか? 果たして幾らもらえるのやら。
 まぁ、頑張れば頑張った分だけ、給金は上がるだろうけど。
 ……上がるよね?
 上がる、ということにしておこう。うん、思い込みって大切だ。
「月給と言えば、お父さんやお母さんはどうしてるんだろう?」
 母は寺子屋の手伝い、父は妖怪の山へ柴刈りに行っているらしい。
 妖怪の山に柴刈りへ行くという発想がおかしい気がする。訃報が届かないことを願う。
 ……私といい、お父さんといい、何て命知らずな家系だろうか。
 というか、何で私は月給で両親のことを思い出したのだろう? 我がことながら不思議でならない。
「あに様は……無職か?」
 おそらく、無職だろう。いわゆるにーと。奴は私以上に穀潰しだった。
「アレ? 穀潰し二人抱えながらも普通に暮らせていたってことは、お父さんとお母さん凄い頑張ってた?」
 もしそうだとしたら申し訳ない。あわせる顔がなくなってしまいそうだ。物理的になくなるかもしれないけど。
 頑張って働くかぁ。両親の老後も面倒見れるくらいにお金稼がないと。
「……クビにされないよう頑張ろう」
 我ながら小さな目標だった。

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