紅い館の見習いメイド

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 起床。
 布団が宙に浮くくらい勢いよく体を起こし、べっどから飛び出る。
 そしてそこで一時停止。
「今……何時?」
 呟き、窓のかーてんを勢いよく開け放つ。
 ……日が昇りきっていない。また、やってしまったようだ。
「この癖どうにかならないかなぁ?」
 私には日の出の前に起きてしまうという癖がある。
 早起きは三文の得というし、健康にはいいのだろうけど、時間が余りすぎるのだ。
 それに、夜更かしした日の朝は辛い。
「まぁ、寝坊するよりかいいか」
 そういうことにしておこう。
 さ、新しいめいど服に着替えなくては。昨日は着ていためいど服のまま眠ってしまったし。
「皺ついちゃったけど、大丈夫かな?」
 取れるから問題ない、といいな。
 弁償になったら……その時考えよう。
 今は着替えて、お仕事しますか。



「あら、早いのね」
「おはようございます、めいど長」
 着替えてから部屋を出ると、丁度めいど長と出会った。
 早いって……。めいど長はそれよりも早いわけだよね。
 私より早く起きて仕事してるわけだし。
「はい、おはよう。今日はお嬢様が眠っているから朝ごはんを食べてから仕事に入りなさい。従者用の食堂があるから、手近な妖精にでも聞いて行ってきなさい」
「了解です」
「それじゃ、また後で」
 それだけ言うとめいど長は一瞬にして姿を消す。昨日から何度も見ているが、どうやっているのか全く分からない。
 一流めいどへの道はかなり長いようだ。
「地道に頑張ればいいかな」
 まぁ、一流めいどを目指しているつもりはないんだけど。
「しかし手近な妖精……」
 ぐるりと周りを見回すが、妖精めいどはおらず紅い壁や天井ばかり。
 食堂へたどり着くのは時間がかかりそうだ。



 三時間ほどかけて食堂へ到達。
 妖精たちがわんさかいて、皆小さかった。
 そんな中に、妖精たちより背の高い私が紛れ込むものだから目立って仕方がない。
 気にしないけど。気にしてたらやっていけないよね、きっと。
「ご飯くださーい」
 そういえば、誰がご飯を作っているのだろうか?
 妖精が作っているとは思えないんだけど……まさか、めいど長?
 いやいや、流石にそれはないよね。そうだとしたら何百食を作ってることになるだろうし。
「何を考えてるんですかぁ?」
 と、めいど長の仕事量を考えていると、声がかかった。
 見ればめいど服を着た子供くらいの背丈の妖精が、手にご飯の乗ったとれいを持って現れた。
「いや、ご飯は誰が作ってるのかな、と」
「うん? 新人さんですかぁ?」
「ええ、まぁ」
 新人も新人。妖精も新人になるのか気になるが、聞くのはまた今度にしておこう。
「ご飯はですねぇ、自分で作るんですよぅ」
「自分で、ですか」
「ですぅ。メイド長もご飯作る時間がないんでしょうねぇ。いてもいなくても変わらない妖精のご飯を作る時間があるとは思えませんしぃ」
 なるほど。自分で作って食堂で食べるのか。
 いわゆる、せるふさーびす?
 というか、いてもいなくても同じって。
「同じなのですよぅ。私たちは自分の洗濯と食事の準備と掃除くらいしか出来ませんからぁ」
 アレ? そんな集団の指示を任された私って案外役立たず?
「時折侵入者の撃退を任されることもありますがぁ、十中八九失敗しますねぇ」
 侵入者がいるの? 嫌だなぁ。戦えない私には逃げることしか出来ないのに。
「というわけでぇ、貴女の分ですよぅ」
 どういうわけなのかは全く分からないが、妖精さんがとれいを差し出してくる。
「私の、ですか?」
「ですよぅ。明日からは自分で作ってくださいねぇ?」
「ありがとうございます」
「どういたしましてぇ」
 とれいを受け取る。久々に誰かの手料理を食べる気がする。
 三日前に母の味噌汁と白米食べたけど。
「それじゃあぁ、私はこれでぇ」
 妖精さんは右手を上げ、そして立ち去ろうとする。
「あ、待ってください」
「? 何かぁ?」
 呼び止めると妖精さんは、疑問顔でこちらを向く。
「名前、教えてくれます?」
 そう聞くと、妖精さんはキョトンとした顔になった。
 何かおかしなことでも言ってしまったのだろうか? 昨日から同じ心配ばかりしている気がする。
「妖精には名前がないんですよぅ。特別な力を持っていない限りぃ、固有名詞を持つことはありません」
 そうなのか……。特別な力……湖にいる氷精みたいなのか。
 あんなのが、特別ねぇ……だらしなく無防備に湖で寝てたりする氷精が。
 よく分からないものだなぁ。
「私は夜空天満です」
「はいぃ、ではぁ、また後でぇ」
 別れを告げて食堂の席に着く。
 妖精さんが作ってくれた料理は、西洋料理だった。
 ぱんとすーぷと、野菜のさらだ。
 大変美味でした。





 掃除。
 それは即ち、館に害なす汚れどもを一片たりとも絶滅する行為。
「というわけで頑張りましょー」
 もっぷを右手に、雑巾を左手に、足元にばけつを置いて左手を握っておーと上に伸ばす。
 それを見ていた妖精……大体数百人くらいが私の真似をしてくれた。なんていい子達なの!
「それじゃあ、窓掃除組みは水拭きとわいぱーに分かれて、水拭き組みはぶらしも持ってね。水拭き組みは窓を水拭きしてからぶらしでぶらっしんぐして、わいぱー組みはぶらっしんぐが終わった窓を丁寧に拭くこと」
『はーい!』
 元気がいいね。妖精たちは。子供みたい……って子供だね、妖精は。
「次はかーぺっと組み。かーぺっとろーらーでゴロゴローっとやっちゃって。廊下組みはもっぷで同じようにやってね」
『はい!』
 うん。素晴らしいね。やる気があるのはいいことだ。まぁ、一生懸命やれば遊ぶ時間が増えるよって言ったら簡単にやる気出したけど。
 ちなみに。今妖精たちが使っている器具はめいど長が用意したもの。魔法の森の道具店で買ってきたんだって。
 ……結構最新のものっぽいのに、どうして幻想入りしたんだろうか? 不思議。
「次は厠組み。ぶらしでこすって来てねー。その次はお風呂。お風呂は、お湯で全体を洗い流してから、冷たい水で洗い流してね。その後わいぱーで水を切ること」
『了解!』
 おお、格好いい。どこで了解なんて言葉覚えたんだろう。
 ……しかし、仕事に移るのが速いなぁ。そんなに遊びたいのだろうか? 遊びたいんだろうなぁ。
「さて、私はきっちんのお掃除かな」
 終わったらお菓子でも作っておいてあげよう。何百食も作るのは大変だけど。
 まぁ、白玉餡蜜くらいだったら、大丈夫……かな。




 日が真上を通り過ぎたころ。
「もう掃除が終わったの!?」
 掃除の終了をめいど長に伝えに行くと、目を見開いて驚かれた。
「終わりましたけど……どうかしたんですか?」
「い、いや、予想外だったものだから……。どうやったのかしら」
「掃除終わったら館の外に出て遊んでいいですよーって言ったら凄いやる気出してくれました」
「そんなことで……」
 思ったんだけど、ここの妖精は外にいる妖精よりも賢い気がする。結構合理的な思考をしているんじゃないかな。
「洗濯はどうしたの?」
「水を出せる妖精たちに手洗いしてもらって、風を出せる妖精たちに乾かしてもらいました」
 まぁ、洗濯の支持は出していなかったんだけど。めいど長にも言われてなかったし。
 能力とまではいかないけれど、そういうちょっとしたことができる固体もいるみたい。
 自然の具現だからだろう。阿求ちゃんがそんなことを幻想郷縁起に書いてた気がする。
「……そう、報告ありがとう。少し休憩してから、美鈴を連れて人里へ買出しに行ってきてくれる? これ、買うもののリストよ」
「分かりました」
 差し出されためもを受け取る。
 休憩……殆ど働いていないから、十分くらいしたら行こうかな。




「あの、美鈴さん。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。こう見えても私は妖怪ですからね〜」
 それにしても米三俵は持ちすぎだと思うのだけど。
 他にも野菜とか、調味料とかもあるのに。
「ところでいいんですか? 家族に会っていかなくて」
「昨日の今日ですから大丈夫ですよ。会いに行ってもやることありませんし」
「ならいいんですが」
 おやつ時。私は美鈴さんと人里へ来ていた。
 目的は買出し。殆ど買い終えて、後は帰るだけである。
「そういえば、どうして火事になったんです?」
「えーっと、恥ずかしながら寝煙草です。父の」
 私が拾ってきたものを勝手に吸いやがったんだよね。しかもうとうとしながら。
 火はゆっくりと広がって、気づけば時既に遅し。逃げるだけしか出来なかったとさ。ふざけんな。
 ……まぁ、何で煙草の火が木造の家屋に燃え移ったのかは謎だけど。今度せんせーに聞いてみよう。
「煙草ですか。珍しいですね」
「そういったものを拾うのが私の能力ですから」
 意外と重宝してる。たまにはずれもあるけれど。
「美鈴さんは煙草とか吸います?」
「私……というか紅魔館に住んでいるものは基本的に吸いませんね。お嬢様が嫌いですから」
 そうなんだ。じゃあ、吸うときは気をつけないと。
「体に悪い、というより、血液が不味くなってしまうからでしょうけどね」
「不健康ってことですか?」
「噛み砕いて言えばそうですね」
 確かに、吸血鬼にしたら不味いものを飲むより美味しいものを飲みたいだろう。
 飲むかどうかは別として。
「美味しいものは健全な肉体に宿る。そんな認識でいてくだされば結構ですね」
「分かりました」
 そこまで言って、会話がなくなる。
 出会って一日二日だから話題がないのだ。あっても会話が続かない。
 先ほどまでは、買い物のことで会話が繋がっていたからいいものの。
「ん?」
「どうかしました?」
 不意に美鈴さんが立ち止まる。
 そしてくるりと首を回し、真横を見る。
 つられてそちらを見れば、そこには見知った人物が。
「けーね先生?」
 寺子屋の先生、里の守護者、歴史の編纂者と色々やっている人物だ。
 純粋な人間ではないのだけど。
 そんな人がこちらへ駆けてきている。何か用事だろうか?
「知り合いですか?」
「寺子屋の先生です。よくお世話になりました」
 そう説明すると、美鈴さんは少し考え込んだ。
「……なら、少し話をしてきたらどうです? 私は先に戻って説明しておくので」
「いいん、でしょうか?」
「大丈夫ですよ〜。咲夜さんは意外と優しいんですよ」
 意外と、なの? 確かに近寄りがたい雰囲気を出してはいるものの、優しい人だと思うんだけど。
「では、私はこれで。ああ、夕飯までには帰ってきてくださいね」
「分かりました。甘えさせていただきます」
 しかし、けーね先生はどうしたんだろうか?
 何か急ぎの用事でもあるのかな?

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