紅い館の見習いメイド

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「何処に行っていたんだ?」
 寺子屋で教鞭を取っている上白沢慧音先生は、私の両肩をがっしりと掴み、静かだが凄みのある声で尋ねてきた。
「えと、仕事ですけど……」
 凄い迫力に思わず声が小さくなってしまう。
 相変わらずけーね先生は苦手というか、なんというか。とにかく説教されそうな雰囲気と頭突きは嫌いだ。
「仕事? 仕事ってお金を稼ぐアレか?」
 驚いた表情で再度尋ねてくるけーね先生。
 お金を稼ぐ仕事以外にどんな仕事があるのだろうか? ……せんせーが言ってたじゅーるとか、そういうの?
「仕事、かぁ……。あの紅い館でか?」
「そうですけど、聞いてませんでした? 父さんか母さんに」
 説明しておいてくれるとか言っていたのだが。
 まぁ、説明がだったアレかもしれない。
「居待さんは遠くへ行ったと、無月さんはしばらく帰ってこないと言っていたな」
 我が両親ながら適当すぎる説明だった。
 もうちょっと具体的な説明が出来たのではないか。兄に説明させなかったのは感謝したいが。
「それで、仕事はちゃんとやってるのか?」
「やってますよ。少なくとも、自分ではやれてると思います」
 他人から見たら駄目駄目かもしれないけれど。
 でも、本当に駄目ならば指摘か叱りかが入るだろう。
「そうか。自己満足で終わらないようにするんだぞ?」
「承知してます」
 自分なりに頑張って行けば……これも自己満足かな。
 でも頑張らないと他人にも満足してもらえないから……やっぱり自分なりに頑張ればいいかな。
「ああ、そうそう。家庭菜園のことなんだが」
「どうかしましたか? すべて燃え尽きたはずなんですけど」
「いや、なんというか、変なものが生えてきていてな」
 変なもの? 何か植えたっけ……。
 植物の種に、青いひし形の石に、栄養剤として丸いふらすこに入った薬に赤い石。意外と埋めてるなぁ。
「とりあえず、見に行ってみるか?」
「はい」
 何が生えてるんだろう。楽しみだ。



「……なんですか、これ?」
 自分の家庭菜園ながら、そう呟いてしまう。
 私の家庭菜園跡に生えていたのは、人の形をした植物。全長一めーとるほどで、緑色の体に白っぽい顔。黄緑色の髪の毛らしきものの上には赤い花が乗っている。
 ――訂正、何か歩き出した。
「え、あの。アレって動いてるんですよね?」
「……ああ、動いてるな」
 俗に言うまんどらごらだろうか? 引っこ抜いたときに出す声を聞くと死んでしまうという。
「あ、何か寄って来た」
 植物はこちらを確認すると実に嬉しそうにこちらへ走り寄って来て、私に飛びついてくる。結構重い。
「……育てるのか?」
「育てられるんでしょうか、これは……」
 植物は私に絡みつき、頬擦りをしている。本当に何なんだろうかこの植物は。
「ふむ。何らかの魔法生物っぽいから育てられるんじゃないか? それに、お前が働いている館には魔女が住んでいると聞く。試しに聞いてみたらどうだ?」
 魔法生物。どこに魔法生物化する要素があったんだろうか? 心当たりがありすぎるのだけど。
「とりあえず、持ち帰って聞いてみます」
「気をつけてな。危なくなったらすぐ帰って来るんだぞ」
 心配しすぎですよ。けーね先生。あの館って意外と優しい人が多いんですよ?
 さぁて、それじゃあこの植物をどうにかしますかね。



 右手に絡みつきぶら下がっている植物を揺らしながら館に戻る。
 その間も植物は実に嬉しそうだったが、途中で気持ち悪くなったのか黄緑色の液体を出していた。
 液体は私にはかからなかったものの、地面に触れると周囲の植物が枯れてしまった。
 私は一体何を埋めて何を誕生させてしまったのだろうか? 過去に戻って確認したいくらいだ。
「美鈴さーん」
「あ、お帰りなさ……い?」
 館の門のところに立っていた美鈴さんに声をかける。
 やはりというか、予想通りというか。美鈴さんは私の右手を見て変な表情になる。
「あの、何ですか、それは」
「亡き私の家庭菜園跡に住み着いた不思議植物です。……飼っていいと思います?」
「……私にそんな権限はないんですよね……。この館を切り盛りしてるのは咲夜さんですから、生き物? を飼うには咲夜さんに頼み込むしかないでしょうね」
「そうですか」
 まぁ、予想していた通りだけど。
 でも、めいど長は許可を出してくれるだろうか? 何か見るからに怪しい植物だし。
 無理そうだなぁ。食費とかはかからなさそうだけど。植物だし。
「ひとまず、聞いてみるのがいいんじゃないでしょうか?」
「そうしてみます」
 左手で小さく手を振り門を後にする。
 植物が庭のお花畑を興味深そうに見ている。が、どこか優越感に浸ったような感じなのは何故だろうか。
 ……それ以前に、この植物の眼は何処にあるのだろうか? 芽は分かりやすいのだけど。
「ただいま戻りました」
 誰もいない館にそう告げる。妖精たちは外に遊びに行ったようだ。
「さて。めいど長は……って先に土落としておかないと」
 入ったばかりなのに館の外に出て、植物に付着している土を払い落とす。というか自分で落としてくれた。今更ながら何この植物不思議すぎる。
 完全に土が落ちたのを確認し、再度館の中へ。
 紅い廊下をふらふら歩き、めいど長を探す。見つからないかもしれないけれど。
「……ちょっと待った」
 と、思ったら何処からともなく現れためいど長の方から声をかけてきた。おそらくというか、確実に植物が目に留まったのだろう。
 まぁ、部下の右腕に正体不明の不思議植物が絡みついてたら呼び止めるよね。
「何を、拾ってきたの?」
「見ての通り植物です」
 右腕から引っぺがし、両手で掲げてみせる。
 植物は右手らしきものを上に挙げ、挨拶のようなことをしてみせた。
 そしてめいど長の表情は表現しがたい微妙な表情に。
「飼っていいですか?」
「……元の場所に置いてきなさい」
「そんなっ」
 何て大げさに驚いてはみたけれど、当然の反応である。
 ……うん。正体不明の謎植物を飼いたいと思う私が変人なのだろう。
「いい? 生き物を飼うというのはね、相応の責任がついて回るの。水遣り、肥料、ストレスの問題、もしかしたら死なせてしまうかもしれないという一つの未来。貴方が世話を怠れば、それは容易に訪れるわ。そして、二度とは戻らない」
 何か、真面目な話に。
 何故に?
「貴方はそのとき、責任が取れるのかしら?」
 ……真面目な話っぽいから真剣に答えると、答えは否、だ。
 正直言ってただの植物を枯らしたことは幾度となくある。だがそれは生きているが、人間とは、動物とは違った生きている、だ。
 そして今この場にいる植物はただの植物ではない。見るからに生きているし、意志も感じられる。知能もあるのかもしれない。
 そんな存在を、死なせられるわけがない。
 『命』を奪ってしまうことは、私には出来ない。
 罪の意識に苛まれることは、私には不可能だ。きっと死なせても罪の意識を感じないのだろう。
 少しは感じるのかもしれないが、それもすぐに薄れる。
 何故なら私は――
「あんまり苛めるのはどうかと思うわよ。咲夜」
 と、そこで誰かの声が響いた。
「パチュリー様……。あまり人聞きの悪いことを言わないでください」
「でも事実でしょう? それと、そこのメイド。その植物を貸しなさい」
 声の主は紫色の女性だった。
 紫色の髪に、紫色の衣服。例外として病的なまでに白い肌。
 ……何故だか不健康、という言葉が思い浮かぶのだけど。
 女性はこちらに歩み寄り、私の両手に納まっている植物に目を向けながら自身の右手を差し出してきた。
「えと、どうぞ」
 少し植物が震えたような気がするが、気に留めず右手に植物を乗せる。
「へぇ……これは……」
「パチュリー様が出てくるほど、珍しいものなんですか?」
「珍しいというか、新種の植物ね。珍種とも言えるけど」
 めいど長が女性の隣から植物を覗き込む。
 植物は二人がかりで観察され、思わずたじろいでいるような、そんな仕草を見せた。
「これは何の花かしら?」
 女性が赤い花びらに触れる。ゆっくりと広げ、花の中心をより見やすくする。
「これは、雌しべかしら? 咲夜、地下に戻るから後で紅茶を持ってきてくれるかしら?」
「了解しました」
 女性は観察をそこまでにし、めいど長に指示を出す。
 めいど長に指示を出せるなんて何者なのだろうか。めいど長も敬語を使っていたし。
「それと、そこのメイドは一緒に来なさい。貴方のものなんでしょう? これは」
 そんなことを考えていると、声がかかった。
「あ、はい。分かりました」
 既に歩き出している女性に返事をし、めいど長に一応連絡を入れて追いかける。
 さてはて。何の用件なのだろうか?

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