紅い館の見習いメイド

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 あたり一面に広がる本、本、本。
 本がこの空間を支配しているような不思議な感じのする場所。
 大図書館。パチュリー・ノーレッジと名乗った紫色の女性は、ここをそう呼んだ。
「さて。この植物は何処で?」
 図書館の何処かに置かれた机と椅子。パチュリーさん……様は座りながらこちらに尋ねてくる。
「えっと。火事で全焼した家の家庭菜園跡からです」
「家庭菜園? 貴方が作っていたの?」
「はい」
 あくまでも、趣味の領域だったが。
 ……となると、私は趣味で謎の植物を生み出すような人間ということになるのだろうか?
「でも、火事で全焼したってことは家庭菜園も焼け落ちたのよね?」
「はい」
 どうやって育ったんだろうか。火事があったのは先月のこと。植物が育つ時間は十分にあるものの、種も何も植えていないのだ。
 焼け落ちた植物が再生して謎の植物になったわけでもないだろうし。
「……種がないのに成長した? ありえない。何らかの外的要因があったとしても大元が存在しないのであれば変化は訪れない……」
 パチュリー様がぶつぶつと呟いていると、パチュリー様の手に収まっていた植物がうねうねと動き出す。
 スルスルとツタを伸ばし、何かを探している様子だった。
「何かしら? というかこれは知能があるの?」
「一応、あるみたいです。人里の守護者は魔法生物っぽいとか」
「確かに魔力は感じられるけど……。それだけじゃないわね。霊力と、僅かに妖力も感じられるわね」
 そう会話している間に、ツタは探し物を見つけたようだった。
 ツタは机の上に転がっていた筆記用具を器用に持ち上げ、そして紙を所望する。
「……紙? 小悪魔、紙を持ってきなさい!」
 植物を机に置き、パチュリー様の比較的大きな声が響き渡る。
 植物は机の上で伸びをし、首をぐるぐると回す。何だか人間臭い。
「パチュリー様」
 新しい声がした。
 出所を見ると、赤い髪に蝙蝠のような羽をもった女性がいた。
 女性はパチュリー様に紙を渡して、一礼。そして何処かへ飛んでいった。
「何を書くのかしら?」
 机の上に置かれた紙に、植物はサラサラと何かを書き始める。
 文字……ではなく、絵のようだ。
 ひし形の石と赤い石、そして丸いふらすこ、西洋剣の鞘っぽいものに古ぼけた石器。それらを紙の左側に書いて中央に足し合わせる記号……+を描き、右側に何らかの植物を書いていく。
 左側のって私が家庭菜園に埋めたものだよね。アレが原因だったの?
 そんなことを考えているうちに全てを書き終わったのか、植物は紙をバシバシと叩き、次に胸を叩く。
「つまり、貴方は色んなものを肥料として育った植物だということ?」
 植物の頭が縦に振られる。
 ……今度から珍しいものを見つけても安易に埋めないようにしよう。
 そう心に誓った。
「でも、待ちなさい。火事はどうやって乗り切ったのかしら? それとも火事の後に生まれたのかしら?」
 パチュリー様の問いに、植物は紙を裏返してまた書き始める。
 今度はすぐに書き終わった。
 炎と、沢山の植物が+で結ばれ、=で灰とこの謎の植物が描かれている。
「貴方は灰になっても再生する?」
 今度は横に振った。
「……あなたは、灰になった植物が固まって生まれた?」
 今度は縦に。
 えーっと。つまりこの謎の植物は、私が育てていた植物全てが合わさった植物だということか。
「なるほど。肥料の中に生命力の増加、または肉体の再生を司るものがあったのね。灰になった植物をそれらがつなぎ合わせることで貴方という新種の植物が生まれた。そういうことね」
 またも縦に振る。
 だんだんと理解できなくなってきたが、パチュリー様が理解しているのならそれでいいか。知りたくなったら教えてもらえばいいのだし。
「もう一つ質問。その肥料となったものはどうやって入手したの?」
「あ、私が拾ってきたんですよー」
 竹林とか、魔法の森とか。人里から離れれば結構落ちてるものだ。
「いや、待ちなさい。そんなもの拾えるわけないでしょう。そんな簡単に拾えたら人間と妖怪のパワーバランスが簡単に崩れてしまうわ」
「でも、拾ったのは事実ですし。……やっぱり能力ですかね」
 あの能力は少し、違うのかなーなんて思ったりする。珍しいものを拾えるのは、ただ単に運がいいだけなのかもしれないし。
「能力?」
「『珍しいものを拾う程度の能力』ってのを持ってます。後、『浄化する程度の能力』というのも」
「……たしかに、その能力なら拾えるかもしれないわね。それが事実なら、だけど」
「事実ですよ?」
 信じてもらえないかもしれないけれど。
「ふぅん。ま、いいわ。今度珍しいものを拾ったら私のところに持ってきなさい。それと、この植物二、三日預かるわよ」
「了解です。あんまり傷つけないでくださいね? 花の妖怪さんに怒られちゃいますから」
 そこまで言って、話が終わる。
 一礼して回れ右、上の館に戻るための階段へとまっすぐに歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 貴方、花の妖怪って……」
 が、歩き出す前にパチュリー様に呼び止められた。
 花の妖怪さんについて聞きたいのだろうか?
「花の妖怪さんは、よく人里に来るんですよ? 後、山とは正反対の方向にある太陽の畑ってところに住んでるんです。私が家庭菜園を始めたのは花の妖怪さんのマネをしてみてですね、意外と楽しかったからってのが理由なんです」
「え、ちょっ、本当に待って」
 ? 一体何を待てというのだろうか。
「……まず、貴方とフラワーマスターが知り合いなのはいいわ。彼女は人里の花屋にも出没するらしいし。でも、貴方よく生きてるわね。フラワーマスターなら、菜園を火事にあわせたってだけで憤慨物だと思うのだけど」
「花の妖怪さんは怒ったりしないですよ?」
「え?」
「え?」
 ……え? どういうこと?
「貴方の言う、花の妖怪ってどんな姿をしているの?」
「明るい服に、何時も日傘を持ち歩いてますね」
「……その花の妖怪に対する、貴方の印象は?」
「あんまり笑わないけど、優しい人です。怒ったりもしないですし」
「分ったわ。貴方ちょっと脳に何かが出来てるのよ。それか視神経の異常。精密検査してあげるからこっちに来なさい」
「え、酷くないですかそれ!?」
 それに精密検査? ならせんせーのところで定期的に受けてるから大丈夫です!
「せんせー?」
「えと、色々教えてくれる人です。先生みたいだったから、せんせーです。名前は……教えちゃ駄目って言われてます」
 よく分らないけれど、私とせんせーが会うのも駄目なことらしい。
「どんな精密検査をしてくれたの?」
「体の中が透けて見えたり写真ですよ」
「……そう。やっぱり頭が」
「違います!」
 流石に酷すぎますよ、それは!
「もうっ……。いいですか? 上に戻っても」
「あ、ええ……。やっぱり精密検査受けていかない?」
「遠慮しておきます」
 最後にもう一度礼をして、階段へと向かう。
 全くもう。幾らなんでも失礼すぎるよ。
 私は嘘はあんまり吐かないんだから!
 ……あんまり、だけど。

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