紅い館の見習いメイド

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 後悔は何時だって後からやってくる。
 後悔しないと、するわけないと思っていても、後からやってくる。
「何て……ことを……」
 紅い廊下に両手をつき、嘆く。
 目の前には惨劇が広がっており、もう二度と戻ってこないことを物語っている。
「どうして、あのとき……」
 最早遅い。全ては終わっているのだ。
 そう。数十秒前に。たった数十秒で、終わってしまったのだ。
 床を叩く。握った拳に痛みが走るが、何度も何度も叩き続ける。
 が、腕を振り上げたところで誰かに手首を握られる。
「もう止めなさい。何にもならないわ」
「めいど長……」
 めいど長は、困惑を瞳に宿しこちらを見ていた。
「止めないでください。これは」
「そんなに自分を責めないの」
 めいど長は慰めるように言葉を発する。
「ですが」
「また作ってあげるから」
 その言葉で、腕から力が抜ける。
「でも、どうしてそこまで?」
「何が、です?」
「……どうしてケーキ一つであそこまで悲しめるのかしら?」
「西洋菓子は貴重なんですよっ!」
 目の前には、白い残骸が広がっていた。



 ことの発端は数十分前。
 図書館から館へと戻ってきた私は、とくに仕事をするわけでもなくぶらぶらと館内を徘徊していた。
 そして何処からか甘い匂いが漂ってきて、それに誘われるまま移動するとめいど長が西洋菓子を作っていたというわけだ。
 完成を待つこと数十分。よほど物欲しそうに見えたのか、けーき一切れを頂戴した。人間用だから大丈夫だとかなんとか。
 そして、きっちんで食べるのもアレなのでどこかいいところはないか探しているときに、悲劇は起きた。
 何もないところで蹴躓き、そしてけーきは宙を舞った。
 出来上がった残骸、擦りむいた膝。鼻も打ったようでひりひりする。
「けーきがぁぁぁ……」
「そこまで落ち込まなくとも……」
 いや、だって本当に西洋菓子って貴重だし……。
 人里では基本的に和菓子だし。あんまり華やかなのとかないし。何故か甘さ控えめだし。
「無糖は敵だー」
「いきなり何を言い出しているの?」
「女の子にとって糖分は化粧の次に大切ですよね!」
「いや、知らないけど。それに、私は甘いものとかあんまり……」
 なんと。でも何か納得。格好いい女の人は苦手そうだよね、甘いもの。
 ちなみに、無糖だけでなくのんかろりーとかろりー半分も敵。外の世界で流行ってるらしいけど。人間にとって大切なのはえねるぎーだよえねるぎー。
「……いや、燃料?」
「本当に何を言っているの? あまりにも悲しすぎて頭がおかしくなった?」
 酷い! でも今日二人に頭おかしくないか聞かれたなぁ。もしかして本当におかしいのかも。兄も母も父も何かしらおかしいしなぁ。
「めいど長はどう思います? 私ってやっぱり頭がおかしいのでしょうか?」
「私に聞かれてもねぇ……」
 それもそうか。聞かれても困るだけだよね。おかしいなんて面と向かって言えるわけがないし。
「そういえば、さっき貴方無糖が敵と言ったけど……太るわよ?」
「あ、自分太らない体質らしいので」
「へ?」
 なんだったけな。人体に有害なもの(例えば毒やあるこーる、にこちん、たーる、しゃぶ)や、有害ではないが取りすぎると有害なものになるもの(例えば脂肪分とか)を無害なもの、または足りていない栄養素に変換することで常に一定の体系を維持できるとか。
 よって、余分な糖分などは別のものに変換しているので太りません。
 これ、私の『浄化する程度の能力』の一端ね。せんせーは私の能力に、悪いものから良いものへと変換することから浄化の名前を着けたのだとか。
「羨ましいわね……」
「その代わり十八くらいで成長が止まっちゃうらしいです。老化もしないとか」
 これは穢れがどうのとか、難しい話だったから覚えてない。
「だから、その分胸の成長が……」
 断崖絶壁ではないが、せめてあともうちょっと欲しい。
 大きいのも苦労するらしいが、欲しいものは欲しいのだ。
「胸は諦めなさい。ところで。貴方、家族は知っているのかしら、その能力を」
「知ってますよ。そこら辺はひと悶着あったんですが、一昨年解決しました」
 家族会議を重ねた結果、ひとまず家族として一緒にいようとの結論が出されました。まぁ、先のことはまだ分らないしね。
「そう……」
 私の話を聞いて考え込むめいど長。
 私はけーきの残骸処理。上らへんだけでも食べられないかな。
「……っと。そろそろ時間って食べようとしない」
 流石に見咎められた。
 やっぱり犬食いは止めた方がいいね。
「はい。すいません。……時間って何です?」
「決まってるじゃない。日没のよ」
 そして窓の外を見る。
 確かに、日が西へ沈み暗くなってきている。
「さ、お嬢様を起こさなくちゃ。ここからが、大切な仕事よ」



 今日見たご主人様は昨日よりも小さく感じた。
 もちろん、縮んだりというわけではなく、そんな感じがする、というだけなのだが。
 何だろう……。昨日はあんなにも強大に感じたのに、今は普通だ。
「へぇ……咲夜、何かした?」
「いえ。特に何もしておりませんが」
 どこか感心した様子のご主人様と、首を傾げているめいど長。
 何かやってしまったのだろうか? 果てしなく不安だ。
「どう? 紅魔館での仕事は」
「あ、えと。ちょっと大変ですけど、やっていけそうです」
「そう。それはよかったわ。明日からも頑張って頂戴ね?」
「はい」
 そこで下がってよしと言われたので、一礼して部屋を出る。
 廊下を少し進んだところで、ふと思う。
 私、ご主人様の部屋にいた意味はあったのだろうか? 声をかけられたから、ないとは言えないのだけど……でも、そもそもめいど長だけでもいい気がする。
 廊下で立ち止まり、少し考えてみたが答えは出ず。
 考えても答えが出ないのなら考えてる意味はない。何していいか分らないけれど仕事に戻ろう。
「一つ搗いてはダイコクさま〜、二つ搗いてはダイコクさま〜」
 せんせーのところにいた兎たちが時折歌っている歌を口ずさみながらぶらぶらと館を歩く。
 一日ぶらぶらしてばっかりだと思いつつ、足は自然と図書館へと向かっていた。
 植物のことが気にかかる。生み出してしまったのは私だから、育成の義務はあるだろう。
「百八十柱の……なんだっけ」
 確かダイコクさまと百八十の子供のために餅を搗こうって歌だから……。
「あ、百八十柱の御子のため、だ」
 同じ節を繰り返しながら階段を下る。
 二、三度繰り返したころにようやく図書館へとたどり着き、扉をゆっくりと開ける。
「パチュリー……様?」
「何かしら?」
「ひゃうっ!?」
「……そんなに驚かれると傷つくのだけど」
「だ、だったらいきなり現れないでくださいよう!」
 めいど長といい、ここの館は一瞬で移動する人ばかりだ。仕組みは謎。
「ふむ……。で、何しにきたのかしら? やっぱり精密検査?」
「違いますよ。あの植物はどうなってるかと思いまして」
「ああ、アレ。アレなら今頃土に埋まってるんじゃないかしら? 明日のために光合成でもするんじゃないかしら」
「夜なのにですか?」
 光合成は日光がなければ出来ないのじゃなかったか。
 夜型の植物?
「月光で光合成するのよ。月光と大気中に存在する魔力を取り込み、自身の生命力に変える。便宜上光合成と呼んでいるけれど、もっと別の名前を考えた方がいいかしら……」
 うん。よく分らない。もっとじっくりゆっくり時間をかけて覚えたいところだ。
 しかし、名前か。あの植物に名前を決めてあげなければいけないな。
 何時までも植物って呼ばれるのは嫌だろうし。
「どんなのがいいと思います? 名前」
「あの植物の? ……花子」
「安直すぎません? それは」
 もっと、こう心をくすぐるような素敵な名前はないものか。
「貴方も考えなさいよ。……っと、少し下がって」
 急に真面目な顔になったので三歩ほど下がる。
 パチュリー様の周囲に、宙に浮く本が集まり何らかの陣を空に描く。
 臨戦態勢とでも言うべきか。
「……来たわね」
 パチュリー様が呟くと、黒い服に白いえぷろんどれす、黒いとんがり帽子を着用した金髪の少女が、何処からともなく現れた。
 箒に跨り空を飛んでいる。
「よう、パチュリー。また借りに来た……ぜ?」
 その少女は帽子を片手で押さえながらそう言った。
 途中、こちらを視界に納めてから段々と尻すぼみになっていったが。
 いやしかし。
「久しぶりだね、魔理沙ちゃん」
「天満……か?」
 人生分らないものだ。
 数年前人里を離れた幼馴染と、職場で再会できるなんて。
 本当に、分らないものだ。

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