紅い館の見習いメイド

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 私と彼女……霧雨魔理沙ちゃんが友達になったのは、意外と非凡な出来事だった。
 いや、まぁそう言ってしまうと大げさになってしまうのだけど。
 理由を先に述べてしまえば、魔理沙ちゃんと私はズレていたのだ。
 他の子供たちと、少しズレていた。
 その原因は、能力の有無や家族、居候などによる価値観の差で、その差は小さく大きかった。
 私は皆の中にいなかったし、魔理沙ちゃんは皆の一歩先にいた。
 排されたわけではなく、自分から離れているのだけど。
 いやはや。今思い出すと恥ずかしくて穴に入りたくなるのだが、私は皆を見下していたのだ。
 無意識に、自分以外の子供は自分に劣っていると。
 魔理沙ちゃんは、唯一対等だと認識できる存在だった。
 だから、友達になった。遊ぼうと声をかけて、魔理沙ちゃんもいいよと頷いた。
 それから、魔理沙ちゃんとは毎日のように遊んだ。それは数年間変わることのないことだった。私が寺子屋に入っても、続いていた。
 が、ある日。その関係は終わりを告げる。
 魔理沙ちゃんは、忽然と人里から姿を消した。
 予兆はあったのかもしれない。誰にも内緒で計画していたのかもしれない。あるいは一時の感情に任せてのことかもしれない。
 魔理沙ちゃんは、私の、そして自身の家族の前からも姿を消したのだ。
 以来、魔理沙ちゃんとは顔をあわせていなかった。
 まさか、こんなところで再会するとは。


「改めて、久しぶり」
「……ああ、久しぶりだな」
 図書館に置かれた机。置かれた紅茶と茶菓子は私が用意したものだ。
 めいど長には当然劣るが、しかしそれなりに上手く淹れれたと思う。自惚れかな?
 ちなみにパチュリー様は何処かへふらふらと飛んでいった。感動の再会は邪魔するものじゃないらしい。
 はて。何が感動なのか。確かに再会ではあるものの、言ってしまえばたかが友達との再会である。それに幻想郷は狭いから、いつか会えると思っていたし。
 ……死んでいたかもしれない、ということはあるのだけど。
「天満は、どうしてここにいるんだ?」
 魔理沙ちゃんが紅茶を口に運びながらそう口を開いた。
 まだ熱かったのか、一度口に含めようとしてフーフーと冷まし始めた。
 その光景が何処か懐かしくて、思わず笑みがこぼれる。
「家が火事になってね。お金が足りないから私も働こうと思って。それに、家でゴロゴロしてるのも飽きたし。それと、まだ猫舌なんだ」
「まだってなんだよ。まだって。治るものじゃないだろう」
「そうかな?」
「そうだよ」
 でも、慣れればいいと思うんだけど。熱い冷たいって要は慣れでしょ、慣れ。
 ……猫舌だから、慣れないのか。苦手なものを進んでやろうとは思わないだろうし。
「魔理沙ちゃんは、何処に行ってたの?」
「何処って、魔法の森だよ。あそこなら人が近づかないしな」
 ああ、茸の沢山生えた。
 あそこは一度行ったことがあるのだが、里の人に聞いていた話とは全然違った印象を受けた。
 茸の胞子が体に悪いか何とか。普通に澄んだ空気だったんだけどなぁ。
「……聞かないのか?」
「何を?」
「どうして、姿を消したのか」
「気になるけど、まぁ改めて聞くことでもないし。また会えたから、今はそれでいいかなぁって」
 魔理沙ちゃんも、人に聞かれたくはないだろう。話してくれるというのなら聞くけれど。
「そうか」
「そうだよ」
 決まったやり取り。数年経とうと、変わりがない。
 何か、いいなぁ。こういうの。変わらない関係って言うか、変わっているけど変わらないものというか。
「そういえば。魔理沙ちゃんは何しに来たの?」
「本を借りに来たんだよ。珍しい本を」
「ちゃんと返さなきゃ駄目だよ?」
「……善処する」
 そこは頷こうよ魔理沙ちゃん。
 と、よもやま話に花を咲かせ、三十分ほど。
 そろそろ仕事に戻った方がいいだろう。やることないから仕事と言えるか分らないけれど。
「それじゃ、私は仕事に戻るね」
「ん、じゃあ私もそろそろ帰るよ」
 椅子から立ち上がり、箒に跨り空を飛ぶ魔理沙ちゃん。
 空が飛べるってのはどんな気分なのだろうか?
「気持ちいいぜ。風が心地よくて、見えないものが見える気がする」
 見えないものが、見える。気分転換にいいということだろうか。
「……ま、そんな感じだぜ」
「む。何故そんな呆れたような表情に」
「いや。変わってないと思っただけだ」
 失礼な。一応変わっているよ。身長とか、年齢とか。胸は変わっていると信じたい。
「あ、本借りていくんじゃないの?」
「また今度にするよ。興が削がれた」
「そっか。じゃ、またね」
「ああ。またな」
 大きく手を振り、魔理沙ちゃんを見送る。
 さて、片付けないと。
「魔理沙とはどういう関係なの?」
「ひゅっ!?」
 かっぷやら何やらをとれいに乗せ、いざ戻ろうというときに背後から声がした。
「だから、意外と傷つくのよ?」
「だったらいきなり現れないでくださいよう!」
 さっきといい、今といい。何故狙ったかのように背後へ現れるんだろうか。
「で、どんな関係なの?」
「幼馴染ですよ? 私の唯一の友達です」
「唯一の? 驚いたわね。貴方友達は多そうなのだけれど」
 あんまり驚いているようには見えないんだけれど。
 友達が少ないのは、能力の所為……と言ってしまえば責任転嫁なのだけど。要因ではある。
「選民思想の、自分第一主義ですからねー……」
「貴方が? とてもそうには見えないわ」
「自分でそう思ってるだけですよ。他人を見下しているところがありましたし」
 幼いころの話だ。けれど、それが友達が出来ない理由でもある。
 どうしてだか、どうやって会話したり遊べばいいのか分らないのだ。
 引け目というか負い目というか。勝手に背負っているだけだが。
 それに、恥ずかしくなるし。見下していた自分が思い起こされ、穴に突入したくなる。
「ありましたし……ということは今はそうでもないのね。それはどうして?」
「能力が安定してきたから、らしいですよ」
 拾う方ではなく、浄化する方の能力が。
「能力……? ああ。『浄化する程度の能力』かしら」
「そうです。この能力は負と、行き過ぎた正をただの正に変換する能力なんですが、幼いころはそれが変に発動してたらしく」
「ふぅん? それが貴方の価値観に関係があるの?」
 あるんじゃないだろうか。せんせーは無駄なことをあまり言わないし。
 私が理解していないだけで、きっと関係があるのだろう。
「負と、行き過ぎた正をただの正に戻す……。それの効果範囲は?」
「自分だけ、じゃないでしょうか。そこら辺は詳しく教えてもらっていないのですよ」
 というより教えてくれない。何度か聞いたのだが、頑なに教えてくれなかった。
 何か理由があるのだろうけど……。見当もつかない。
「せんせーにかしら」
「はい」
 頷く。せんせーの呟きの断片からは、能力の進化とか、効果範囲の増大とか。いろいろ読み取れたけどてんで理解できなかった。
「負を正に。過正を正に。浄化するという名前から推測して毒物関係や精神汚染なども対象に含まれる……? いや、ちょっと待ってよ。負を正に。過正を正にってことは……。もし感情と他人も効果範囲内に入っているのなら」
 ありゃ。考え込んじゃった。
 ひとまず話は終わりということだろう。
 とれいを持ち直し、ぶつぶつと呟くパチュリー様に一声かけてから階段へと歩み始める。
 聞こえていないだろうけど……声かけてあるから大丈夫だよね。

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