紅い館の見習いメイド

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「天満、起きなさい」
「みゅ……? ……あっ」
 暗い部屋の隅。揺さぶられて眼を覚ますと、目の前に私を見下ろしているフランドール様がいた。
 …………あれ。これクビ?
「そろそろ夜が明けるから上に戻った方がいいわよ。私はもう寝るから」
 頭を抱える私に、そんな言葉が届く。
「怒らない……んですか?」
「別に。十分楽しめたもの。それとも、怒って欲しいの?」
 いえいえ、と首を横に振り、立ち上がる。
 楽しめたって、何を楽しんだのだろうか? 私はただ寝ていただけだというのに。
 ……ま、いっか。楽しめたというのなら楽しめたのだろう。
「それでは、また今晩」
 礼をすると、フランドール様は上半身だけこちらに向け、小さく手を振る。そして、そのままべっどがあるであろう場所に飛び込んだ。



 自室に戻り、一度伸びをしてから新しいめいど服へと着替える。
「うあー腰が痛いー」
 変な体勢で寝た所為だろう。腰だけでなく要所要所が痛い。
「でも仕事。頑張らないと」
 この間貰った給料、意外と高かったし。七割家族に持っていかれましたがね。
 衣食住揃った職場だから、三割ほどの給料でもやっていけるから問題ないんだけど。
 しかし、キチンと家の復興に使われているのだろうか。酒とか煙草とかに変わってたら殴り倒して強奪してこよう。
「とまぁ、意気込むのはいいけど何時確認しようか」
 まともに働いているのかいないのか。定かではないが基本的に仮住まいにいないようだ。
 そのため、買出しついでに顔を出してみても不在が多い。
「……。正月くらいはいるよね。大晦日か」
 そのどちらかに暇が出来たら顔を出してみよう。
 そう結論を出し、着替えためいど服にどこかおかしなところがないか確認。何時も通りと判断を下して部屋の外へ。
 さぁて。頑張りますか。



「そうね。貴方はフランの指示を最優先で行動しなさい」
 吸血鬼なのに朝行動しているご主人様にバッタリ出会い、自身の行動の優先順位について聞いたところそんな返答があった。
「いいんですか? その、雇い主はご主人様ですけど……」
「その雇い主がいいって言ってるのよ。大人しく従いなさい」
 はぁ……さいですか。
「ところで、今日は何処かへ行くんですか?」
「博麗神社にね」
 神社? 吸血鬼なのに変わってる……。人間なのに変わってる私が言えることでもないんだけど。
「……そうだ。貴方も来なさい」
「へ? 私もですか?」
「普段は咲夜を連れて行くけど、何時も同じじゃつまらないわ。だから、今日は貴方」
「え、えぇ?」
 普段どおりめいど長でいいと思うのだけど。ご主人様の命令だから従うしかないのだろうけど。
「というわけで、咲夜から日傘を借りてきなさい」
「日傘、ですか?」
「日光を遮るためよ」
 何のために、そう尋ねようとしたところで、後ろから声が聞こえた。
「あら、咲夜。今日はこの子を連れて行くから」
「はい、聞いておりました」
 何処で? ……と聞くのは野暮だろうか。めいど長なら館の中に限定すれば何処にいても聞こえそうな気がするけど。
「はい、天満。ちゃんと差すように」
「あ、はい」
 白の日傘を受け取る。
 わざわざ日中に出かけなくてもいいと思うんだけどなぁ。
「ほら、早く行きなさい。お嬢様が待ってるわ」
「はい。では行ってきます」
 いってらっしゃいという声を背に、小走りで玄関へと向かう。
「遅いわよ」
「すいません」
 玄関に到着した私を迎える言葉。もう少し優しい……駄目だ。雰囲気に似合わない。
 くだらないことを考えつつ、靴を履き、扉を開けて傘を差す。
 雲ひとつない空。日が燦々と差し込む中に出来た一つの影。ご主人様はそこに入り込む。
「よくない天気ね」
「そうですか?」
「吸血鬼にとってはということよ」
 ああ、なるほど。吸血鬼にとって日光は弱点だっけ。
 なら、凄くよくない天気なんだなぁ、今日は。
「早く歩きなさい。でないと私が動けないでしょう?」
 ぼんやりと空を見上げていると、ご主人様の急かす声が聞こえた。
 そういえば傘は私が持っていたんだった。傘の影でしか動けないのだから、まず私が動かないと駄目だよね。
 ゆっくりと足を踏み出す。ご主人様の歩幅にあわせて、早すぎず遅すぎず。
 ……意外と難しい。やはりめいど長の方が良かったんじゃなかろうか。
 花壇の横を通り、時間をかけて門へと到達。そこには何時も通り美鈴さんがいた。
「美鈴。ちょと出かけてくるわ」
「はい、お気をつけて。天満さんも行ってらっしゃい」
「あ、行ってきます」
 門を抜けて少し歩くと、湖が見えてくる。妖精が出没する湖で、人里の釣り好きが釣りに来ることもある場所だ。
 たまに冷凍された魚が釣れるらしい。どういうことだか。
 湖の周りを歩く。本当なら飛んで行くそうなのだが、私が飛べないために徒歩。申し訳ない。
「そういえば、水も駄目なんでしたっけ?」
「正確に言うなら流水ね。雨とか」
「曇りの日しか思う存分活動できないんですね」
「夜になればいいのよ。昼に起きてるのは夜更かしみたいなものよ」
 昼更かし。でも、夜眠くならないのかな。昼型の吸血鬼?
 大体半周したところで湖から離れる。後は大体まっすぐらしい。
「昨日はフランと何を喋ったのかしら?」
「他愛もないことですね。けーきのこととか、家族のこととか」
 と、そこでご主人様の足が止まる。
「フランは私について何か言っていた?」
「いえ、家族といっても私の家族でして。教えて欲しいと頼まれたものですから」
「……そう」
 心なしか残念そうな顔をするご主人様。
 やっぱり、一人の妹だけにどう思われているのか気になるんだろうか。
 しばらく歩いていると、家屋が見えてくる。神社の母屋のようだ。
 更に歩くと縁側が見え、紅白の衣装に身を包んだ少女がお茶を啜っているのが見えた。
 こちらに気付くと、嫌そうな顔をしたが。
 ……歓迎されていない、のかな。
「何時ものことよ」
「何時ものことなんですか」
 何時も歓迎されていないらしい。あまり博麗の巫女と仲がよくないんだろうか?
 じゃあ、何故遊びに来ているんだろう。
「何しに来たのよ」
 少女の前に立つと、そんな冷たい言葉に迎えられた。
「遊びに来たのよ。久しぶりにね。雪が降り始めると外に出たくないからねぇ」
「知らないわよ、そんなこと。メイド連れてさっさと……」
 言葉が途切れる。
 少女の視線は私に向けられており、ジロジロと観察されていた。
 あまり気分のいいものではない。お返しにこちらも観察してみることにした。
 リボンでまとめられた髪、むき出しになっている肩と脇。……寒そうな格好だ。
 そして顔を見ると、視線が合った。
「…………」
 苦手な目だ。何にも興味を持っていないような、そんな目をしている。
「無意識下で心理操作しているのかしら? どんな能力か知らないけど、私にも作用しそうになるなんてよっぽど強い能力なのね」
 少女が呟く。それと同時に、向けられていた視線もご主人様――既に家の中に入ろうとしている。傘を奪って――に戻る。
 ……心理操作とかなんだとかよく分らないけど、私はこの人が苦手なんだろうなぁ。
「ちょっと、何勝手に上がってるのよ」
「そんな瑣末なこと、気にするほどでもないわ」
「瑣末じゃない!」
 言い争いが聞こえる。
 上がらない、方がいいんだろうなぁ。怒られそうだ。
「大丈夫よ。少しお茶したら帰るから」
「……本当でしょうね?」
「本当本当」
 楽しそうなご主人様だ。館では見せない姿なんだろう。どちらかというと、こっちが素に近い? 館にいるときはどこか演技しているような感じがあるからなぁ。
 ま、気分転換ってことなのかな。
「何しているの? 天満も早く上がりなさい」
「いいんですか?」
「いいのよ。霊夢も今更文句言わないでしょ?」
「お茶は自分で淹れなさいね。メイドなんだから」
 霊夢と呼ばれた少女(苗字はきっと博麗だろう)は、半ば諦めたように言った。
 めいどだからと言ってお茶が淹れれるわけでもないけど……美味しさは保障しない。飲めるものなら出せるだろうけど。
「お邪魔します」
 そういって靴を脱ぎ、部屋に上がる。
 久しぶりに見る畳は、何処か懐かしさがあった。
 座ることはせず、急須と茶葉と台所の在り処を教えてもらい、お茶を入れる。
 ご主人様と霊夢さんの分も一緒に。
 茶葉の銘柄は玉露。どうやって入手したのだか。幻想入りしたわけでもないだろうし。
 ま、玉露の淹れかたは意外と有名だから助かったかな。
「茶葉入れ替えてもいいわよ」
「あ、はい」
 ということで、急須の中に入っていた茶葉を捨て、お湯を沸かす。
 待つこと数分。沸騰したお湯を急須に注ぎ、それを三つの湯飲みに注ぐ。
 急須に残ったお湯を捨て、茶葉を大匙二杯分。次に湯飲みのお湯を急須へ。
 そして蓋をし、二分半ほど待機。
「茶葉は……開いてるね」
 そして均等になるようお茶を注ぐ。最後の一滴も残さないように。
「お待たせしましたー」
 盆に乗せ運ぶ。
「遅かったじゃない」
「お茶を淹れるのは案外時間がかかるのよ」
「そう? 咲夜は一瞬だけど」
「それはアイツだけよ」
 めいど長ね。どうやってあんなに速く紅茶を淹れられるんだろうか。
 今みたいに数分はかかるはずなんだけど、一瞬で用意しちゃってるし……。
 今度聞いてみよう。
「それじゃあ、改めて。博麗霊夢よ」
「へ?」
「博麗霊夢」
 ……ああ! 自己紹介か。こっちが霊夢さんのことを一方的に知ってるものだからもうしなくていいかと思ってた。
 流石に名乗らないと失礼だよね」
「夜空天満です」
「夜の空に天が満ちる。……レミリアが気に入るわけだわ」
 天満。満月のことらしい。夜空に輝く満月のような子であってほしい。そんな願いを込めたのだとか。
 ご主人様に気に入られてる。のは、確かにそうだね。敬語の使い方とか間違ってるのに、クビにされないもの。
「私だけじゃないわ。紅魔館全体のお気に入りよ」
「へぇ……」
 感心したような声を出す霊夢さん。
「いったいどんな能力なのかしら?」
「能力、だったら『浄化する程度の能力』と『珍しいものを拾う程度の能力』ですけど」
「なるほどね。それで……」
 これだけで何か分ったの? 凄いというか、何というか。
 どういった思考回路をしているのか。
「驚く必要はないわよ。霊夢が納得している大半の理由は勘よ、勘」
「勘、ですか」
「それで合ってるんだから問題ないの」
 そりゃ、確かにそうだけど。
 でも勘ってその人の経験に基づいて、無意識下で出されるより最善のものだから、初対面の私について何か分ることがあるのはおかしいんじゃないだろうか。
 私のような人間が他にもいた場合は別だが。
「勘っていうと語弊があるわね。正しく言うと霊夢が頼りにしてるのは直感よ。そのまま感じたもの」
「直感で何か分ることがあるんですか?」
「私だったらね」
 自信満々に答える霊夢さん。本当に直感で分るものだろうか?
 そう尋ねると、答えてくれたのはご主人様だった。
「分るのよ、霊夢はね。紅霧異変の時も直感だけで館に来たんだし」
「そうなんですか?」
 頷く霊夢さん。
 ……もう、何かを超越していないだろうか、この人。
「他にも、弾幕を無傷で避けきったり。人間離れしすぎよ」
 確定。もう人間止めてるよきっと。人間だけど。
「あれくらい余裕よ。もう少し激しくてもいいんじゃないかしら」
 ……弾幕ごっこって難しいんだよね。空を飛べることが前提になってくるし、あらゆる方向から数百数千を超える弾が迫ってくる。
 弾を完全に避けるのではなく、かすらせることも重要。なのだが、弾が大きかったり小さかったりで難しい。
 何が言いたいのかというと、弾幕ごっこを無傷で突破することは、不可能ではないがかなり難しい。
 それをこの人、余裕と言い切りましたよ……。
「流れに身を任せて、必要があれば動く。それだけよ」
「……私の弾幕は激流だと思うんだけどねぇ」
 激流に身を任せてどうかしているんだね。それが出来れば弾幕ごっこはかなりの持久戦に。
 見る分には綺麗だろうけど、やりたくはないなぁ。



 少し歓談した後、お茶がなくなったので館へ戻ることに。
「待ちなさい」
 靴を履き傘を差したところで、霊夢さんが引き止めてきた。
 ご主人様ではなく私を。
「どうかしました?」
「いや、忠告よ。アンタの能力が私の考えているものと同じなら、だけど。血を飲まれるのは避けなさい」
「血を、ですか」
「生きていたいのならね。特に、妹なんかには気をつけなさい」
 妹……フランドール様のことかな。
 しかし、私の血液になにかあるのだろうか?
「天満? 早く行くわよ」
 少し考え込んでいたところに、ご主人様の声。
 霊夢さんは既におらず、まな板と包丁がぶつかる音を聞くに、台所へ向かったようだった。
 一応、覚えていた方がいいのかな……?

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