狼夢化録

□chapter5:プリンスとセルシア
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 その日はまた図書館で一緒になった。
グリンウォルフはいつも図書館奥にある本棚の陰になるひっそりとしたこの席が気に入っているらしい。

また同じ場所で鉢合わせるなら席を変えれば良いのだが、当時の我輩は不思議とグリンウォルフとの相席は気にならなかった。

 彼女は基本おとなしく真面目な性格で、隣にいてもお互い本と羊皮紙を見つめる時間が長く、さほど邪魔とは思わなかった。
まあ、たまに話しかけてきては余計なことを色々言うが。


 この日、我輩はグリンウォルフの魔法薬学のレポートをなぜか手伝っていた。

「スネイプは教え方がとっても上手ね。先生になれるわよ!」

「こんなこと、誰でも教えられる」
 素直な瞳でこういうことをさらっと言うグリンウォルフに対して、我輩はぶっきらぼうな言い方で返すことしかできなかった。

「そんなことない。教えるのが上手って素敵なことよ。わからない人の気持ちがわかるからこそできることだわ」

「僕にはお前の頭の中がさっぱりわからないがな」
 グリンウォルフは間抜けな顔で我輩を見つめた後、楽しそうに笑った。

「あなたはこんなに面白い人なのに、どうしてよろしくない人たちと一緒にいるの?」
「お前、そういうことをよくまっすぐ訊けるな」
 怒る気にもなれず、肩を落としてグリンウォルフを見た。彼女は頬を染めると「ごめんなさい」と呟いた。

「闇の魔術なんかじゃなくて…こう、もっと別のことにその頭の良さを使うべきだと思ったの」
 グリンウォルフは眉を下げて、我輩の気に障らないか気にするように言った。

 グリンウォルフの言っていることは――言い方こそ違うが、あの時の“彼女”と同じだ。
グリンウォルフも“彼女”と同じ、闇を憎む想いを持っているのか――。

「…自分の頭をどこに使おうと、それは僕の勝手だろ」

「そう…だけど…。あなたには闇の魔術は向かないわ」
「なぜそんなことが君にわかる」

「闇の魔術を好んで使う者はもっと邪悪よ。私に勉強なんか教えてくれないもの」

 我輩は目を見開いてグリンウォルフを見た。
その顔は、声はあくまでも優しい。

 以前一瞬見せた暗い瞳はどこだ。この女は何を考えている?


「リリーもあなたのことを気にかけているわ」
「…エヴァンズが?」

「あなた、リリーの幼なじみなんでしょう?」

 “彼女”の名前を聞いたら途端、我輩の身体の奥からザワザワザワと得体の知れない感情が湧き、心を掻き乱した。

「だったら何だと言うんだ」
 グリンウォルフを下から睨み付けるように見てやったが、彼女は次に発する言葉を探すように上を見ただけで、何の効果もなかった。

「あの…私、しばらく前にリリーが泣いてるの見たわ。あなたと少し…口論したって」

 グリフィンドール寮の入口でのことだろうか。そう考えながらも胸の奥にふつふつと沸く感情の正体がわかってきた。

だから?

 いささか強い口調で言ってみると、彼女は少し息を飲んだようだったが、唇をきゅっと結んだ後続けた。

「私、リリーがあんなに泣くの初めて見たわ…。お願い、彼女ともう一度仲良くして」
「なぜ他人の君にそんなことを言われなくちゃいけないんだ」

「あー…うん…。そう、そうよね」

 グリンウォルフは自分にしか聞こえないような返事をした。

「でも、私リリーの友達だから…彼女が悲しむ顔見たくなくて…それで」
「僕が彼女に謝れ、と?」
 我輩は勢いよく本を閉じ、乱暴に机の上に投げ置いた。


 グリンウォルフが我輩に話しかけてきたのはこういうことだったのかと悟ると、胃の奥から怒りが込み上げてきた。

 そんな我輩には気付かず、グリンウォルフは目を見張ってこちらを見つめる。

「そんなこと言ってないわ!ただ…仲直りしてほしくて…。あなただってリリーと仲直りしたいんでしょう?」
誰がそんなこと言った!
 カッとなって思わず声を荒げた。しばらく我輩たちの間に沈黙が走るが、一向にマダム・ピンスが怒鳴り込んでくる気配はなかった。
「落ち着け」と自分に言い聞かせながら、いつもの調子に戻そうと咳払いをして、席を立った。


「彼女は僕のことをきっと許さない。僕も彼女に対して許されることをしたとは思ってない」

「『穢れた血』と呼んだこと?」
「…グリンウォルフ嬢は何でもお見通しだな」
「純血なんて今やこの世にいないって何かで読んだわ。ただの理想でしかないって」
「だが純血を尊ぶ者たちが多いのは事実だ」

「スネイプもそんな馬鹿げた理想を“尊んでらっしゃる”の?」

「高貴な魔法使い一族に育った君ならわかると思ったのだが?」


「たとえ『純血』でも、穢れた者なんていくらでもいるわ」

 その時、彼女の瞳の奥が燃えたような気がした。
「その者たちもそれを知るべきだ、と伝えておいて」

「――失礼する」

 我輩は彼女に背中を向け、図書館を早歩きで飛び出すと、黙々と寮を目指した。



 グリンウォルフに対する親近感と嫌悪感――。
彼女はいつも柔らかい雰囲気を漂わせているが、ルーピンとは違う。
この時の我輩は理解した。


 この女はルーピンなんかよりもよっぽどタチが悪い――。


 この頃も、そして現在も、我輩にはグリンウォルフの心が全く読めなかったのだから。




セブルスから見たセルシアさんのこと。リーマスたちとは印象が違う…かも?

セブルス夢…に見えなくもない…!!

25/Apr./2011
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