狼夢化録
□chapter11:嬉しい勘違い
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間近で見るセルシアは、とても美しかった。
満月を控えているから五感が普段よりも強く働く。
セルシアの匂い、息遣い、目の動き、彼女のすべてを感じ取れるようだった。
それと同時に沸き上がる汚い感情に、僕は、やめろと呟いた。
「──僕はあいつの仲間かもしれないんだよ?魔法省に訴えて僕を調べさせたほうが良かったんじゃないか?」
あぁ。
なんでこんな意地悪を。
セルシアの表情がこわばっていく。
「そんなこと……できるわけないじゃない」
セルシアの瞳は悲しそうに揺れている。
「本当よ……」
セルシアの唇が小さく開く。
わかってる。わかってるよ。
でも、
“あの時”から12年間。
君を疑う自分と、君を信じる自分がずっとせめぎ合ってた。
彼女に疑惑の瞳を向けそうになると、僕の身体が全身でそれを拒絶する。
でもセルシアは?
今もセルシアは僕を疑っているの?
僕はまだ君の本心が見えない。
ホグワーツに来てから不安だ。
セルシアに再会して──、彼女を警戒する気が自分にまったくないことに驚いた。
僕は君を信じている。
でも本当にそれでいいのか?
それが心配でたまらないんだ。
だって12年間も不安に苛まれてきたんだから。
今度はセルシアが、僕の手を強く握る番だった。
「私……リーマスを疑ったことなんて……ない」
僕はずるいな。
彼女に言わせたいんだ。
セルシアの潤んだ瞳が僕を深く見据え、僕も彼女を見つめる。
「……ごめん……」
2人でどれくらいそうしていたのだろう。ようやく僕がまず彼女から目を逸らし、繋がれた手に視線を落とした。
せっかくまたセルシアに近付けたのに。
自分から拒絶するようなことをして馬鹿だ。
セルシアと元の関係に戻りたいだけなのに……彼女と久しぶりに会うようになってから僕の心がざわついている。
これは満月が近いからだけじゃない。
俯いていた僕の髪を、セルシアはそっと撫でた。
彼女に目をやれば、セルシアはさっきのやり取りなどまるで気にしていないかのように微笑んでいた。
優しく。 甘く。
「お互い信じ合ってみようって言ったのは僕なのに……嫌なこと言って本当にごめん」
「いいのよ。疑って当然だわ」
こんなに優しい君にあんな意地悪を言うなんて──。
「魔法省にあなたを突き出さなかったことを鑑みて……少し私に信頼を向けてくれたら嬉しいわ」
「……うん」
信頼ならしてるよ、とっくに。
信じすぎて困っちゃうくらいだ。
悲しませて、ごめん。
……って、言えたらいいのに。
リーマス・ルーピンは意気地なしだ。
僕は彼女の目を見ながら、外ハネした髪に触れた。
セルシアは髪に触れる僕の手を一瞬気にしたが、すぐまた僕を見上げた。
奥でうごめく自分を必死に振り払う。
僕は努めて明るい声を出すようにした。
「──ねぇ、今度一緒にホグズミードへ行かない?」
「私と?」
セルシアは僕を撫でる手を止めた。
「他に誰を誘ってると思ってるの」
セルシアのとぼけた顔に、僕は眉を下げて苦笑した。
「先生が得体の知れない女とホグズミードに出掛けたりして大丈夫なの?」
セルシアは眉を顰めた。彼女は大真面目に言っているに違いない。それがたまらなく可笑しくて、堪えきれずにやにやしてしまった。
「得体の知れない男となら、お似合いじゃない?」
「ヘンなの」
セルシアは困ったような顔で笑った。
その微笑む唇が愛らしくて。
僕は思わず手を伸ばしていた。
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