狼夢化録
□chapter1:ブナの樹の下で
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「セルシア、ほら、彼よ。話しかけてきなさいよ」
『闇の魔術に対する防衛術』のOWL試験の後、校庭の湖にクラスメートの女子達と足を浸して涼んでいるとリリーが私にそっと耳打ちした。
水面に向けていた顔を上げてリリーの視線の先を追うと、彼はブナの木陰で本を読んでいた。
──ああ、大好きよ。
彼の側にはジェームズとシリウス、ピーターの3人がいたけれど、シリウス、ピーターの2人はジェームズがスニッチと戯れているのを眺めていたし、
ジェームズはカッコよくスニッチをキャッチするのに夢中な様子だったし、話しかけることはできるだろうと思った。
「スニベルス、元気か?」
何て話しかけよう、どんな顔をしたらいいかしら、そんなことを考えていたらジェームズの大声で思考が邪魔された。
見るとセブルスとジェームズが杖を振り上げていた。でも、ジェームズのほうが早かった。
「エクスペリアームス!」
セブルスの杖はジェームズの呪文で飛ばされた。
「インペディメンタ!」
続けて唱えられたシリウスの呪文で、落ちた杖に飛びつこうとしていたセブルスが撥ね飛ばされた。
何なの、あいつら。彼はどうしてあんな奴らといつも一緒なのかしら。
私は、呪いで動けなくなっているセブルスをからかうジェームズとシリウスの2人を睨むように目を細めて見た後、彼に視線を移した。
彼はまだ木陰で本を読んでいるようだったが、微動だにしない。本のページをめくる様子もない。
──どうしてあなたはあんな迷惑な人たちといつも一緒にいるの?
「もう!またあいつら!!」
この騒ぎの中、本から決して目を離そうとしない彼を見つめていると、リリーが見かねてジェームズ達の所へ飛び出して行った。
「リリー!」
私は慌てて湖から足を出し、軽く足を振って水気を飛ばして、靴下を履くのをやめ靴だけ履いてリリーを追いかけた。
リリーはすたすたとジェームズ達の所へ向かっている。
「やめなさい!」
セブルスの口からピンクのシャボン玉が吹き出し始めた時、リリーはジェームズとシリウスの前に立ちはだかっていた。
「元気かい、エヴァンズ?」
ジェームズの声色が突然大人びた調子になった。彼はリリーがお気に入りなのだ。
でもあの頃リリーも私もジェームズが大嫌いだった。
「彼にかまわないで。彼があなたに何をしたというの?」
カッコつけたジェームズに、リリーが厳しい口調でぴしゃりと言い放った。そこでようやく私はリリーに追いついた。
リリーはジェームズにセブルスをかまうのをやめるように強く言っているところだった。
「エヴァンズ、僕とデートしてくれたら、やめるよ」
ジェームズが意地悪な笑顔でリリーを見つめて言った。
私はリリーの隣に駆け寄り、「大丈夫?」と言いたくて口を開こうとしたが、リリーはジェームズのほうを睨んだまま、左手を挙げて私の言葉を制した。
「あなたか巨大イカのどちらかを選ぶことになっても、あなたとはデートしないわ」
「残念だったな、プロングズ」
シリウスがジェームズの隣でのんきに言うと、急にセブルスのほうを振り返った。
「おっと!」
でもその時はセブルスの方が早くて杖をジェームズに向けていた。閃光が走り、ジェームズの頬がパックリ割れ、ローブに血が滴った。