狼夢化録
□chapter2:湖の秘密
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「グリンウォルフ!?」
リーマスがびっくりしてこっちを見たけど、その時の私は、今まさにセブルスのパンツを脱がして観客の喝采を浴びんとしているジェームズだけを睨んでいた。
私は怒りに任せて杖を上に振り上げた──。
すると湖の大量の水が、生き物──まったくドラゴンの形になり、大きく天に昇るように飛び出した。
太陽の光に照らされ、その透明な体はキラキラ光っている。水でできたドラゴンは大きく天に向かって伸びたかと思うと、同じく水でできた透明な翼をばさりと振り、アーチを描くようにその体は地上を向いた。
さすがのジェームズとシリウス(そして側で見ていたピーター)も、自分のいる辺りが突然暗くなったのでこの異変に気付いて振り返った。でももう遅い。
「え?───え?!」
ジェームズは自分の真上にある大きな存在をやっと理解したようだったが、その時はもう真上から突っ込んできたドラゴンが、バシン!という水が地面に激しくぶつかる音を立てて、彼を飲み込んでいた。
そのせいで周りに水しぶきがこれでもかというほど飛んだので、ジェームズ達を囲んでいた生徒達は悲鳴を上げながらバラバラと散っていった。
「この──っ!!」
水しぶきを浴びながらも、ジェームズが飲み込まれたのを見てドラゴンに杖を向けたシリウスだったが、私が杖を右に振ったのがわずかに早く、
ジェームズを飲み込んだドラゴンはすばやく、滑らかに曲がり、すぐ脇にいたシリウスをも飲み込んだ。
「姿くらまし」したかのように、あっという間に彼も姿を消した。その時セブルスは呪文が切れたらしくドスンと頭から地面に落ちた。
ピーターはというと、ジェームズが飲み込まれた時、ドラゴンの勢いに弾き飛ばされ、びしょ濡れで少し離れたところで気を失っていた。
私が杖を上に向けて軽く回すと、水のドラゴンは再び天に昇ってアーチを描いて湖の中に突っ込んでいき、姿を消した。
その瞬間、晴れているにも関わらず、湖一帯はにわか雨が降ったような状況になり、周辺の生徒達の声がまた大きくなった。
湖は海になってしまったように大きな波が立っていて、岸に水が当たり、しばらく波しぶきを上げていた。
私達のいた場所は木陰だったので、水滴が少し顔にかかることはあっても、湖の周辺にいた人たちのようにびしょ濡れになることはなかった。
「───グリンウォルフ?」
ちょっとした騒ぎになっている湖を見つめたまま、私が大きく息をついて杖を下ろすと、横にいたリーマスが、私を呆然とした表情で見上げていた。
彼がずっと手にしていた本は今や彼の脇にバサリとページが開かれた状態で転がっている。
自分のしでかしたことの大きさに、やっと気付いた私は彼にかける言葉がすぐに思いつかなかった。恥ずかしさで顔がものすごい熱を持った。
「あー…、えー……」
しどろもどろで、私を見つめるリーマスと視線を合わせる。恥ずかしくて、混乱した頭でも言葉を探そうと、彼から視線をはずしてちょっと上を見た。
「これで試験勉強ができるかしら?」
とっさに出た言葉はあまりにもどうでも良すぎて、私はもうここから「姿くらまし」したかった。
「グリンウォルフ、君…」
両手で杖を弄びながらごにょごにょしている私を見たまま、リーマスが口を開いた。もう絶対嫌われてる!!と思った瞬間、彼の言葉を別の人物が遮った。
「セルシアー!セルシア!」
リリー!!私の女神様!
助かった。そう思いながら声のするほうを見ると、大騒ぎになっている湖の横を駆け抜け、リリーがこっちに向かってくるところだった。
「リリー」
私が一歩前に進み出ると、リリーはダッシュで私の胸に飛び込んできた。
「城に戻ろうとしたら物凄い音と水が降ってきて…!湖のほうではスネイプが転がっているし、ペティグリューは気絶してるみたいだし…セルシアは大丈夫だった?
怪我とかしてない?一体何があったの…?ポッターたちの仕業なの?」
リリーは私の両肩を痛いほど掴んだまま、私とリーマスが口を挟む余裕もなく、一気にしゃべった。
「大丈夫…大丈夫だから…。何ともないから…むしろポッターたちが…心配だわ…」
リリーがあんまり私を揺らすものだから少し気持ちが悪くなってきた。
すると湖のほうが再び騒がしくなった。湖からジェームズとシリウスが出てきたのだ。
まだ周りにいた生徒達の何人かは、ずぶ濡れで、水草を体に巻きつけて、水中人のようになった彼らの姿に悲鳴やら喚声やらをあげて騒いでいた。
「あ…ルーピン、あなたは彼らのところへ行ってあげたほうがいいわ。たぶんびしょ濡れになっているだけで何ともないはずだから安心して」
私は緊張していて、そう言うのがやっとだった。
「ああ…」 リーマスは不思議そうな顔をして答えた。
何とか岸に上半身を乗せたジェームズとシリウスは、お互い何かを言い合っている。その間も、まだ海のようになった湖の波が彼らの頭にバシバシ当たっている。
「──セルシア、そろそろ部屋に戻りましょう?」
リリーは私が彼のことを好きなのを知っている。だから私とリーマスが一緒にいる時は、いつも親切に、いい状況を作るように努力してくれている。
でも、この時は珍しく早く部屋に戻るように促した。
その時はわからなかったけど、きっとその時の私は、リーマスと一緒にいたらいけないような顔をしていたのだろう。リリーが軽く私の袖を引っ張った。
「あの、ごめんなさい。本当に」 何か彼に言わなきゃ、そう思って必死で言葉を搾り出した。
「さようなら」
そう言った時は涙が出そうだった。半分出ていたかもしれない。でも口を閉じて、下の唇を噛み締めることに集中することで、涙がこぼれるのをこらえることができた。
リリーもリーマスに一言挨拶をして、私の背中を軽く押すと、私たちはブナの木陰から出て行った。
まだリリーに背中を押されながら少し歩いたところで木陰を振り返ってみると、まだリーマスはこっちをじっと見ていた。
でも、すぐハッとしたように湖のほうを向くと、慌てて立ち上がって、まだ湖に体を浸けた状態で言い合いをしている水中人のジェームズとシリウスのほうへ駆けて行った。