狼夢化録
□chapter3:バイクとブルーベリージャム
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お前はいつも独りで苦しんでるのな。
もっと早くに気付いてやればよかった。
──いや、気付いていたんだ。
気付いていたのにわからないふりをしていたんだ。
* * * * *
ホグワーツを卒業して数ヶ月。ロンドンのマグルの街並みを眺めながら歩いていた。
目指しているのは、彼女がマグル留学で滞在している菓子屋。
「シリウス!」
「久しぶり、セルシア」
俺が軽く手を挙げて挨拶すると、セルシアはカウンターを出て、にこにことこちらに向かってきた。
俺が拳を突き出すと、彼女はそれに自分の拳をカツンと合わせる。
「今日は1人なの?」
卒業してすぐにリリーとジェームズとリーマスの4人でここに来た。1人で来たのは今日が初めてだ。
俺は「まぁね」と簡単に返事をした。
「さ、さ、こっちに座って。今お茶入れるわ」
「店はいいのか?」
「見ての通りよ?問題ないわ」
と、セルシアは少し大げさに両手を広げてみせた。店内に客はなく、冬の日差しがさらさらと差し込んでいるだけだ。
「どうだい、マグルの生活は」
俺は椅子に腰掛けながら、カウンターの中に戻り、紅茶の準備をし始めたセルシアに、少し首を伸ばしながら尋ねた。
「こないだシリウスたちが来た時よりはずっとマグルっぽくなってると思うわよ?」
「ふーん」
「本当よ?」念を押すようにセルシアは言った。
彼女はまだ後ろを向いて作業している。俺は椅子の背凭れに思いっきり体を預けながら、その後ろ姿を何となく眺めた。
ブルネットの長い髪。髪質は相変わらずで、外向きにぴょこぴょこハネていた。ま、ジェームズほどじゃないけど。
「手伝おうか」ジャケットのポケットから杖を出すと、セルシアが振り向いた。
「あっ魔法は禁止よ。それにできたから大丈夫」
左手にトレイに載せたティーセット、右手にスコーンが載った皿を持ったセルシアがこっちに戻ってきた。
「お、マグルっぽい」普段なら杖をひと振りで済む話だ。
「でしょ」にやっとしながらセルシアはスコーンの皿を俺の前に置いた。
「今回は当店特製のスコーンでございます。お昼に焼き上がったやつだからまだ温かいわよ」
「ありがとう」
こないだジェームズたちとここに来た時は、ガトーショコラが出てきた。
コーヒーとよく合ってうまかった。このスコーンも期待大だな。
セルシアは俺のティーカップに紅茶を注ぐと、再びカウンターの中に入っていった。
だが、すぐこちらに戻ってきて俺の向かいの椅子に座った。手にはスコーンとサンドウィッチの皿。自分の分か。
「シリウスはお昼食べた?」
「ここに来る前に『漏れ鍋』に寄って来たから。軽く」
俺はセルシアの前に置かれたカップに紅茶を入れながら答えた。
セルシアは「よかったらこれもどうぞ」とサンドウィッチが山盛り載った皿を少しずらしてテーブルの真ん中に置いた。
「あ、そうそう」
サンドウィッチをくわえたまま、セルシアはフゴフゴ言うとどこからか薄い冊子のようなものを取り出した。
「シリウスに、プレゼント」
「俺に?」
何のことかと思いながらそれを受け取ってみると、カッコ良く輝くバイクの表紙。
「バイクのパンフレットよ。シリウスこないだバイクや車の雑誌買って帰ったでしょ。こういうのも楽しいかなと思って」
「…か…」
俺はパンフレットを広げると息を飲んだ。
「この前バイク屋さんの前で並んだバイク見てたら、お店の人が色々教えてくれてね。帰り際にパンフレットくれたの…ってシリウス?」
「…かっ…こいー…」
セルシアの説明も話半分に、俺は感嘆の声を洩らし、目の前の動かない写真を食い入るように見つめた。
「これ、セルシアが貰ってきたのか?」
「だから言ったじゃない」
聞いてないんだから!とセルシアはぷりぷりと怒ってハネた髪を揺らした。
彼女の言うことは聞こえていたのだが、俺がマグルのバイクや車に興味があって雑誌を買っていたことをセルシアが覚えていたのが意外で聞き返してしまった。
「そこの店員さん、とっても親切だったから、シリウスの話をしたら今度遊びに来いって」
「ホントか!?」
俺はテーブルから身を乗り出してセルシアを覗き込んだ。
「色々教えてくれるって言ってたわ。買うならオマケするって言ってたし」
テンション上がる俺とは対照的に、セルシアは静かに紅茶のおかわりを自分のカップに注いだ。
「うおー楽しみだな…」
「それよりも最近ジェームズは元気?」
「あ?あぁ…」
セルシアが急に話題を変えたので俺はきょとんとしたが、あまり気にならなかったので話を続けた。
「なんか毎日のようにフクロウでリリーとの写真やらデートの報告が送られてきてさ…。最近イラついてきた」
「うわー…私じゃなくて良かった…」
セルシアは真剣に言った。
「ピーターは?」
「あいつは…あまり連絡取ってないんだけどさ、忙しくしてるみたいなことが手紙にあった。ま、俺の『腰ギンチャク』じゃなくなったのはいいことだよな?」
「そうね」
俺が笑うとセルシアは優しく微笑んだ。彼女の笑顔はいつも優しい。
他人に媚びないこの笑顔が俺は好きだった。
「で、リーマスは?」
気のせいかセルシアの声がさっきよりも大きく、上ずって聞こえた。
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