狼夢化録

□chapter5:プリンスとセルシア
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「えーと、セクタムセン……」

「馬鹿!声に出すな!!」


 君はいつも何を腹の底に隠している?


* * * * *


「こんにちは、セブルス」

 柔らかいこの声――。
たまらなく苦手だ。

 顔をしかめてあからさまに嫌そうに彼女を見るが、これっぽっちも気にならないという様子で我輩に駆け寄ってきた。

「これから夕食なんだけど一緒にいかが?」

 彼女は両手に抱えた大きな紙袋を持ち直した。

 不死鳥の騎士団の本部、忌々しいブラックの館なんぞに長居する気などない。
我輩は一度もこの陰気な館で夕食を摂ったことがない。騎士団のメンバーは誰もそれを望んではいないから。

 ただ、グリンウォルフだけは、顔を合わせる度にティータイムや夕食に誘ってくる。

「以前にも申し上げたが」

 そう言ってグリンウォルフを一瞥すると、床に転がったジャガイモを必死に足で引き寄せていた。

「我輩は、お前たちと一緒に夕食を摂る気などさらさらない」

 我輩が杖を振ると、床のジャガイモはバネが付いたように跳ね、グリンウォルフの額に直撃してから元の袋の中に収まった。

「痛っ!!」

 ぶつぶつ文句を言う彼女を無視して、我輩はブラック家を跡にした。



 グリンウォルフは学生時代からそうだ。控えめであまり派手ではないが、人好きする何かを持っている。

 それが、我輩は苦手なんだ。

* * * * *



 どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。

 学生時代の我輩は何についても苛立っていた。
 この頃、同級生や上級生からのいじめは以前ほど酷くはなくなり、“仲間”もできたが、基本的に行動は独りだった。

 その日も独り、図書館の目立たぬ席で魔法薬学のレポートを書いていた。

(こんな簡単なこと、わざわざ宿題に出すほどのことじゃない)

 イラつきながら羽根ペンを走らせ、レポートがもうすぐ終わる――その時。

「あのー……」

 最初はまさか我輩に声をかけていたとは思わなかった。

思わなかったので無視していると、何度も「あの」とか「ねえ」とか聞こえるので、仕方なしに顔を上げてみた。

「忙しいのにごめんなさい。この席私もいいかしら」

 今思えばこの台詞は彼女の精一杯の嫌味だな。
我輩の横にはグリフィンドールタイの女子が立っていた。

 本当に自分に話しかけていたのか、と驚きで呆けていると、「いいかしら?」ともう一度訊いてきた。

「あ……ああ。勝手にしろ」

 彼女は我輩の言葉にやや面食らったような顔をしたが、「ありがとう」と言うと我輩の隣の席に腰かけた。

 隣に座ったグリフィンドール生をもう一度見てみると、やっぱりだ。

 セルシア・グリンウォルフ。

 リ……エヴァンズといつも一緒にいる女だ。

魔法薬学をはじめ、いくつか授業が同じだったので覚えていた。

 しかしそうでなければ、あまり見た目もぱっとしない普通の女子生徒、覚えてなどいないだろう。

 ひょこひょこと癖毛を揺らしながら、グリンウォルフは鞄から羊皮紙やら羽根ペンやらを取り出している。
そうして準備が整うと彼女は勉強に取り掛かった。

 我輩も、彼女の観察をとっととやめてレポートを再開した。

* * 


 その後――1時間は経っただろう。我輩はまだグリンウォルフの隣に座っていた。


 レポートはとうに終えていたのだが、なぜかグリンウォルフが気になって寮に戻れずにいた。
幸い図書館だったので読む本は山ほどある。ここなら時間はいくらでも潰せる。

 お互い本棚と机を往き来しながら、黙々と時間が過ぎて行った。

 その時の我輩は、何故その場に残ろうと思ったのだろう。
だいぶ時間の経った今なら説明もできよう。


 悪い意味で有名だった我輩に、話しかけてくる生徒などまずいない。
ましてや隣の席に座るだなんて、誰が考え付くだろう。
それを臆することなく成し遂げたグリンウォルフは何とも風変わりで滑稽に見えた。

 そして何よりも“彼女”の親友らしきこの女が、どんなものかこの機会に観察してやろう、そんな邪な考えが大半を充たしていたのだ。

 なのでしばらくの間、我輩は本を読みながら視界の端でグリンウォルフが羽根ペンで耳の上を掻いたり、唸りながら机に額をくっ付けているのを見ていた。

 我輩が読み終えた本を棚に戻し、席に帰ってくると、「あの」と真横から声がした。
今度はさすがに自分に声を掛けたとわかったので、すぐ隣のグリンウォルフに視線だけ投げ掛けた。

 グリンウォルフは羊皮紙を3分の2くらいまで埋めており、緩い笑顔で我輩に小さな包みを差し出していた。

「よかったらどうぞ」

 その雰囲気のぬるさに返事できずにいると、グリンウォルフは勝手に我輩の『上級魔法薬学』の教科書の上にその包みを置いた。

 手に取ってみると、ピンク色のキラキラした紙で包まれているにも関わらず、この世のものとは思えぬ甘いチョコレートの香りがした。

「いや、僕は……」

「あっ私まだいっぱいあるの。ここに来る前、友達に貰ったばかりだから」

 こちらはそんなことは全く気にしていなかったのだが、グリンウォルフは勝手に説明を始めた。
しかもこの、香りだけで食べた気になるような殺人的甘さのチョコをまだ持ってるというのか。

「……ここは図書館だぞ」

「知ってるわ、でもあなた長い時間勉強していたみたいだから……疲れが取れるわよ」

「……そうじゃなくて……」

「あ、無理にここで食べろって意味じゃないわ。そういうの本当は違反だものね。だからあなたの好きな時に食べていいのよ。」

「……」


 こいつとは話が通じないかもしれない。そう思うと少し諦めがついた。



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