狼夢化録
□chapter12:動き出す
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「先生は今までで最高の『闇の魔術に対する防衛術』の先生です!行かないでください」
ジェームズそっくりの、それでいて彼よりも優しい、悲しげな表情に胸が締め付けられた。僕は何も言わずただ首を振った。
ハリーに『透明マント』と『忍びの地図』を渡すと、ダンブルドアが姿を見せた。
「リーマス、門のところに馬車が来ておる」
僕は礼を言うと、スーツケースと空になったグリンデローの水槽を取り上げた。
「それじゃ──さよなら、ハリー」
君の先生になれて嬉しかった。
ジェームズ、君も喜んでくれるかい?
目の前に佇む、親友の面影に顔をほころばせながら、僕は部屋を出た──。
ホグズミードまで行き、ロンドンへ向かう列車に乗り込んで初めて、あぁ、僕はホグワーツを出たんだという実感が得られた。
人気のない車内、窓に頭をぶつけるように寄り掛かる。
息を吐き、ぼんやりとこれからのことを考える。
「さて…これからどうする?リーマス」
何となしに呟くことも、いつもより空しい。
これからどうしよう。家に帰るか。
あの家に?また独りで満月に、社会に怯えながら暮らすのか?
いいや。考えるよりも早く、僕の足は行き先を決めていた。
彼女が独りでいる、屋敷へ──。
「クビになっちゃった」
「……ばーか」
重厚な細工の施された扉を開けたセルシアは、僕の姿を見て驚く様子も見せず、呆れたように笑った。
「ちょうどお茶するところだったの。一緒にどう?」
「お菓子もあるんだろうね?」
「当然!」
セルシアは杖をひと振り。僕の荷物は勝手に家の中へ飛び込んだ。
玄関ホールに足を踏み入れると、甘い香りが鼻をくすぐる。
その匂いはたまらなく僕を安心させた。
* * * * *
その日の早朝。
私はリーマスをベッドに寝かせ、傍らに椅子を置いて座った。
「私、何もできませんでした」
「君は一晩中リーマスのそばにいた。それで十分ではないかのう」
隣に佇むダンブルドアが、リーマスを優しく見下ろしながら、静かに口を開いた。
私はダンブルドアには顔を向けず、目の前で死んだように眠るリーマスを見つめ続けた。
「自分が一番苦しんでいる時に、かけがえのない友が寄り添ってくれていた──彼は満足していると、わしは思うよ」
ダンブルドアの大きく細長い手が、私の肩をポンポンと軽く叩いた。
「さて…セルシア、君はそろそろ家に戻りなさい」
私はリーマスの手を握る力を強めた。
「わ、私…彼が目を覚ますまでここにいます」
「戻るんじゃ」
ダンブルドアの口調は反論を許さぬものだった。
「リーマスが目を覚ます頃、彼にとって厄介なことが待ち受けておるじゃろう。そんなところに、君を同伴させたくないと彼なら思うはずじゃよ」
「それは……でも校長先生なら──」
「残念じゃが、わしにも何もしてやれん」
頭の上から聞こえるダンブルドアの声は切なそうだった。
「だからこそ、セルシア。君は家で普段通りにしていれば良い。ようやく君たちの時間が動き出したのじゃから」
私は初めてダンブルドアを見上げた。彼は半月眼鏡の奥の瞳を輝かせ微笑んでいた。
「リーマスはわかっておるよ。自分はもう独りで苦悩する必要がないことを」
ダンブルドアは子供のような可愛らしい表情で、私にウィンクをした。
「菓子でも焼いて──スコーンがいいかの──お茶の準備を整えておいたほうがいいじゃろうな。彼のために」
私は、握ったままのリーマスの節くれだった手に目を落とし、甲に走る古傷を撫でてからそっと自分の手を離した。
* * * * *
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