狼夢化録
□chapter8:再会
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“ブラックいまだ逃亡中
魔法省が今日発表したところによれば、アズカバンの要塞監獄の囚人中、最も凶悪といわれるシリウス・ブラックは、いまだに追跡の手を逃れ逃亡中である――。”
私は「日刊予言者新聞」を持つ手が震えるのを感じながら、でかでかと一面で睨みを利かせる変わり果てたシリウスの写真を見つめた。
部屋のテレビを点けると――マグル留学以来、私の家にもテレビを設置するようになった――、マグルのニュースでもシリウスの逃亡は報道されていた。
銃を所持している、なんて言われて、マグルの機械に興味津々だったシリウスはたいそう喜んでいるでしょうね。私はテレビを睨み付けながら、ふんと鼻を鳴らした。
なぜ今頃脱獄なんて。シリウスは本当に気が狂ってしまったのか。
狙いは…ハリーなの?ヴォルデモートの復活、暗黒の世を、そんなにも彼は望んでいるのか。
私は顔をしかめると、新聞をテーブルの上に無造作に置いた。
* * * * *
久しぶりの母校は私がいた頃と変わらぬ構えで私の前にそびえていたが、吸魂鬼に囲まれ、物々しい雰囲気は私を暗く、憂鬱な気分にさせた。
ホグワーツの門前まで来ると、私を嗅ぎ付けた吸魂鬼が私の頭上を何体も行き交う。餌を食らおうと待ち構えている――。
『――セルシア!』
私はきつく目を閉じる。彼の声がする。
冷気が私を包み、体の芯まで凍らせようとしているようだった。
『セルシア!』
風に舞うボロきれのように、吸魂鬼が私の元に降りてくる。
「――私を呼ばないで」
私は杖を前に差し出す。指先がかじかみ、白い息がこぼれる。
「私はシリウス・ブラックを匿ってはいないし、どこにいるかも知らないわ。行って」
吸魂鬼に向かって静かに言う。杖先から銀の光が吹き出ると、吸魂鬼たちが地面を滑るように逃げていく。
むふーと大きく息を吐いて、玄関ホールに入ると、不機嫌そうなフィルチが私を迎えた。
「誰だ」
「あー…こんにちは、フィルチさん。源素魔術研究所、源素魔術科のセルシア・グリンウォルフです…。ダンブルドア校長に書類をお渡しする約束があって参りました」
フィルチはだいぶ長いこと私を睨んでいたが、黙って顎で合図した。
「ありがとうございます」
笑顔でフィルチの横を通り過ぎるが、彼を背にした瞬間、気付かれぬように息を吐いた。
学生の頃からこの人は苦手だ…。私やリリーは悪戯仕掛け人たちと違って彼のお世話になることはなかったが、あの頃を思い出していまだに緊張してしまう。
それが何だか可笑しくて、少し笑った。
校長室に入ると、さっき吸魂鬼と対峙したせいか、いつもよりも胸の奥が温かくなっていくような気がした。ダンブルドアは、不死鳥のフォークスがこっくりこっくり居眠りをしているのを面白そうに眺めていた。
「ありがとう、セルシア。これから読ませていただくよ」
「ええ、それでは私はこれで…」
「校内探検もほどほどにのう」
…バレてた!!
逃げ出すように校長室を出てから、私はさっそくリーマスの部屋を訪ねてみることにした。
『闇の魔術に対する防衛術』はあまり得意でなかったから、当時は教室に向かうのが億劫だったけど、今そこにいるのがリーマスだと思うと足取りが軽い。
あの頃もこうだったらよかったのに…。
リーマスの部屋の前に来ると、ドアにそっと耳を当ててみる。人がいる感じは…しない?ノックを軽くするが返事がない。
「…リーマス…?」
そっと扉を開けて顔だけ中に入れてくるりと見渡すが、誰もいない。
「…授業中だったかしら」
教室の方に移動してみたが、空っぽだった。
膨らんだ期待がしぼんでいくのを感じたが、踵を返し、授業が終わるまで校内をウロウロすることにした。
職員室に行けば、他の先生に会えるかもとまず職員室に向かった。
職員室は、学生時代と同様私を少なからず緊張させた。あの頃に戻ったような心持ちでドアをノックし開けると、中は予想に反してがらんとしており、セブルスが1人低い肘掛椅子に座って新聞を読んでいた。
「セブルス!」
「…グリンウォルフ?」
「セブルス、今嫌そうな顔したでしょう?」
「『嫌そう』ではなく『嫌な顔』をしたつもりだったのだが?」
セブルスは広げた新聞から顔だけ出したまま、眉間の皺をいっそう増やして見せた。
「1年生から勉強し直しに来たのか?」
セブルスはすぐさま新聞に視線を戻して、こちらを見ずに言った。彼の言い草は相変わらずね。
「ダンブルドアに用事があって来たのよ。今は校内探索中」
「暇な奴だな」
失敬な!私は口をへの字に曲げた。でも職員室の椅子にどっかり座っているセブルスの姿が可笑しくなって、私はくすりと笑った。
「セブルス、本当に先生してるのね」
「君なりのイヤミか?」
「そうじゃないけど…何だか素敵って思っただけ」
新聞から目を離さなかったセブルスが、ぱっと顔を上げてじっと私を睨んだ。
「リーマスと仲良くしてる?」
「母親が子供に聞くような質問だな」
セブルスは私をふんと鼻で笑うと、新聞をたたんで机の上に放り投げた。
「ねえ、セブルス。時間があるならあなたのお部屋見せてよ。『スネイプ先生』の教室見たいわ」
「教室なんて学生時代にさんざん見てるだろう」
「あとで行くわよ?」
「あいにく、客をもてなす用意は我輩の部屋にないのでね。いいから出て行け」
セブルスは、私に犬や猫を追い払うような仕草をした。
「でもセブ――」
「グリフィンドール10点減点」
「えっ!!」
「我輩は今こういう権限があるのだよ、グリンウォルフ。早く出て行かないと君の後輩たちが今年の寮杯を獲得するチャンスを更に減らすことになるぞ」
「な…卑怯よ!」
しかしセブルスは本気だった。私は下唇を噛むと急いでドアに向かった。
「また来るわよ!!」
捨て台詞を吐くと、私は職員室の扉を閉めた。おのれセブルス!!
あとで絶対遊びに行ってやるんだから!
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