狼夢化録
□chapter9:モヤモヤの行方
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“親愛なるセルシア!
元気してる?こっちはまあ何とかやっています。ジェームズがたまに暴れるけど、大丈夫。ハリーも元気に飛び回っています。そりゃもう元気に!
最近ジェームズと、あなたとリーマスの話をしたの。あなたたちそろそろ素直になるべきなんじゃない?って。
ジェームズは『お互いの口からきちんと言い合うべきだ』って言うだけなんだけど、リーマスはあなたのことが好きってわかってるんだと思う。
私もそう思うわ。2人の雰囲気はとてもいいもの。
リーマスはああいう性格だから、なかなか好意を表に出さないけど、きっとあなたのこと好きよ!あなたからでも告白するべきだわ。
すごくお節介かもしれないけど…、私はセルシアがリーマスへの溢れる愛をじっと閉じ込めておくことがもどかしくて、つい口出ししすぎてしまうの。ごめんなさいね。
ここからが本題だけど、もうすぐハロウィンよ。あなたがたっくさんお菓子を持って来てくれるのを家族で楽しみにしてるのよ!!(ハリーにはまだ早いけど)
セルシアの作ったパンプキンパイやカボチャのスコーン、プディング…あのカボチャづくしハロウィン・メニューが大好きなの。
あなたのお菓子を食べれば、ジェームズも元気になると思うわ。
シリウスもうちに来られるみたいだから、多めに作ってくれると嬉しいです。
ピーターも呼ぶし、もちろんあなたはリーマスと一緒に来るのよ!!
楽しみにしてるわよ。
リリー・ポッター”
ハロウィンは嫌いだ。
お菓子を食べて、友達とはしゃいでいたのなんていつの事だったかしら。
もうパンプキンパイも、カボチャのスコーンも作らない。
* * * * *
「ハッピーハロウィーン!!」
ドアをノックする音がしたので開けてみると、カボチャとコウモリの髪飾りを着けて満面の笑みをたたえたセルシアが立っていた。
「Trick or Treat?」
「君にいたずらされると部屋を水浸しにされそうだから、遠慮しておくよ」
僕は苦笑しながらポケットから蛙チョコの箱を取り出し、広げさせた彼女の手の上に載せる。
セルシアは嬉しそうに、子供のような笑みで僕を見上げた。
僕はセルシアを部屋の奥へ案内すると、彼女は持っていたトランクをテーブルの脇に置いて中を探った。
「リーマス・ルーピン教授、ご注文のグリンデローをお届けに参りましたわ」
「それはそれは」
わざとかしこまった口調になったセルシアが魔法のトランクから引っ張り出した水槽を受け取り、テーブルの上にどっかりと乗せる。
「セルシア、こんな仕事までさせてすまないね。君だって自分の仕事があるのに」
受領書にサインをし、羊皮紙をセルシアに渡した。
「そうよ!うちの機関は基本魔法省から独立しているはずなのに…。こんな仕事までやらされて…」
ダンブルドアの策略なのか、セルシアは僕が授業で使う魔法生物たちの配達もしてくれるようになった。
僕はホグワーツでたまにセルシアに会えることが嬉しかったが、彼女だって研究所で働いているんだ。自分の仕事が片付かなくて迷惑しているだろう…。
「どう、先生は?」
セルシアが腰をかがめて水槽のグリンデローの様子を観察した。
「おかげさまで、だいぶ慣れたよ」
僕はヤカンを探してキョロキョロした。…どこにしまったっけ?
「お茶、飲んでいくだろう?」
僕は戸棚を開けたりしてヤカンを探しながらセルシアに言うと、後ろから残念そうな彼女の声が飛んできた。
「あー…今日はすぐ出なきゃいけないの。北部にいる水中人を訪ねる約束があって」
僕の胸がきゅっと音を立てた気がした。セルシアがすぐここを立ち去るのが非常に名残惜しかった。
「帰りは遅いの?」
継いで僕は質問する。
…なぜこんなことを訊く?
セルシアは水槽から目を離し、僕を見て目をぱちくりさせた後、首を振った。
「いいえ、これから行くから夕方には用事は済むと思う…」
「じゃあ仕事が済んだらここに戻って来ないかい?」
「ええ?」
「今日はハロウィンの宴会だよ。ご馳走をこの部屋に持って来るから、ここで宴会をしない?」
今日の僕はどうしたんだろう。満月を控えてるからか、体中の血がざわついている。
セルシアと少しでも一緒にいたい。いつも以上にその衝動が強かった。
「えー…それは嬉しいわ。リーマスが大丈夫なら…」
セルシアも突然の僕の誘いに面食らったような顔をしている。
「大丈夫、早めに大広間を抜け出す」
僕のその一言にセルシアが眉を下げてぷっと吹き出した。
「学生の頃みたい。ムーニー、監督生がそんなことしていいの?」
「今は先生だから何でもありなのだよ、ミス・グリンウォルフ」
「悪どい先生ね!!」
セルシアのびっくりした顔がおかしくて、僕も思わず吹き出してしまった。
「あ、じゃあ──私行ってくるわ。仕事が終わったら戻ってくるわね」
「うん、待ってるよ」
『待ってる』──。こんな身体でも、僕は誰かを『待ってる』んだ。
「うわ!り、リーマス…!?」
セルシアの声で我に返る。気付けば僕はセルシアを背後から抱き締めていた。
「り、リリリーマス……?」
戸惑うセルシアが体を捩る度、彼女の柔らかい感触が心地良い。
彼女を抱き締めていたい。『抱き締めていたい』んだ。
『喉を咬み斬りたい』──そういう衝動でなくてよかったじゃないか、リーマス。
でも、いつその衝動が突き上げてくるかわからないさ。
「セルシア…ごめん。ごめんね」
君がスパイと疑う、こんな獣に触れられて、君に嫌な思いをさせたね。
「…どうして謝るの?」
セルシアの優しい声が体中に響いて、僕の波をおとなしくさせていく。
セルシアは自分に巻き付いていた僕の手にそっと触れ、こちらを振り返った。
「──怖がらないで。大丈夫だから」
セルシアは、僕の様子を窺うような眼差しを見せながら、僕の背中に自分の腕を回して力を込めた。
「私…あなたの傍にいるわ。離れたりなんかしない」
そんなセルシアの口調は、普段の彼女からは想像できない力強さだった。
「うん……うん─ありがとう」
僕はセルシアの匂いをめいっぱい吸い込み、目を閉じた。
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