狼夢化録
□chapter15:グリンウォルフ家にて
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目を開けると、辺りは温かく、暗かった。
リーマスの前で年甲斐もなく泣き喚いたのを思い出し、自分を恥じた。
呆れてリーマスは帰ってしまったかもしれない。
そんなことを一瞬の間に考えていたら、自分はベッドに横になっているのがわかった。
「ああ、彼が寝かせてくれたのね」と思いながら意識が覚醒してきた私は、目の前にあるリーマスのくたびれたシャツを握っていたのを認識した。
それに私を包む彼の匂い──。
「あ……」
カーッと顔が一気に熱くなる。目の前のリーマスは、私を胸の中に包み込むように抱いていて、見上げれば、気持ち良さそうに小さな寝息を立てていた。
私は身体に絡むリーマスの腕をそおっとほどき、彼を起こさないように滑りながらベッドを出た。
バスルームに行き、鏡を覗く。
あー……これはリーマスには見られたくないわね……。
鏡に映ったのは、泣き腫らしたあまりにも酷い顔だった。
「……最悪」
両頬を強めに叩き、ぎゅっと目を瞑った。
時計に目を向けると、もう夕飯時だ。
とりあえず顔を洗い、ぼさぼさの髪を整えると、私は階段を下りてキッチンへ向かった。
* *
その数時間前──。
セルシアは僕の首にしがみついたまま、しばらく声を上げて泣き続けた。
泣き止んでもらおうなんて考えはとうに捨て、セルシアが落ち着くまで頭を撫でたり、しゃくり上げれば背中をさすってやったりしながらぼんやり白い天井を眺めていた。
ジェームズとリリーを失ったあの日から、今までの12年間をゆっくり反芻してみた。
僕やセルシアやシリウスが過ごしたこの12年て何だったのだろう。
ピーターの裏切り──いや、そもそも闇との戦いなんてものがなければ、今頃ハリーはゴドリックの谷で夏休みを迎える準備を、寮でしていたはず。
ジェームズとリリーは駅までハリーを迎えに来ただろう。
シリウスは……結婚した姿が想像できない。おおかた複数の恋人でも作って、バイクで世界中を飛び回っているだろう。
セルシアは、源素魔術の研究に勤しんで……結婚してるかもしれない。相手は──…想像もつかないな。
花嫁姿のセルシアが嬉しそうに微笑む映像が浮かび、自然と口の端が上がるのを感じながら、彼女の髪に指を通した。
そんな風になってたら、こんな薄暗い部屋でこの子は泣かずに済んだんだ。
この屋敷にもちゃんとセルシアの家族がいて───。
……そういや、僕の上に乗ってる彼女が静かだ。
「…セルシア?」
「もしも」に夢中で、セルシアの泣き声やしゃくり上げる音が聞こえなくなったことに気付かなかった。
聞こえるのは、規則的な寝息。
い、いつの間に……。
セルシアは僕の首に巻き付き、肩に顔を埋めたまま、完全に寝ていた。
僕の首筋をくすぐるセルシアの寝息が気持ち良くて、何だか起こす気にはなれない。
セルシアが静かになったことで冷静になってくると、彼女の甘い香りや、柔らかい肌をこんなにも近くに纏っていることが、ひどく僕を刺激した。
いやいや、そんな気分になってる場合じゃない。必死に自分を戒める。
セルシアの背中を片手で支え、彼女を起こさないようにそっと身体を起こすと、後頭部に鈍い痛みが走る。
セルシアの両頬には涙の筋がいくつも走っていて、目は閉じられていても腫れているのがわかった。
僕は彼女の頬と瞼に口付け、身体を抱え上げてベッドに運んだ。
セルシアをゆっくりとベッドに横たえ、身体を離そうとしたら何かに引っ張られた。
胸元を見れば、眠った彼女が僕のシャツをしっかり掴んで離さない。
「──そんなに僕が恋しい?」
子供のようなその仕草が可愛らしくて、僕は小さく笑いながらセルシアを見下ろすが、聞こえるのは相変わらず寝息だけ。
さっきまでくすぶっていたやましい気持ちはすっかりどこかに行ってしまい、セルシアに引き寄せられるように僕も隣に横たわる。
僕は彼女の頭をそっと自分の胸元に引き寄せる──。
胸に顔を埋めて眠るセルシアの姿に、温かいものが胸の奥を満たした。
君に安らぎを少しでも与えられれば、僕は。
僕たちはまた、元の関係に戻れたんだ。
進んでも、退いてもいない間柄だけど、そこにはもうお互い疑惑の眼差しはない。
裏切り者ピーターや、未だ罪晴れぬままのシリウスの問題は解決していなかったが、今はセルシアの柔らかい肌に身を委ねたくて、僕は目を閉じた。
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