狼夢化録
□chapter16:お尋ね者、来たる
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「クィディッチ・ワールドカップの準備に魔法省は大変そうだね」
『日刊予言者新聞』の記事を立ち読みしながら、隣で焼き上がったパンケーキを皿に乗せるセルシアに言った。
「大イベントだもの」
2人分の皿を手にしたセルシアは、紅茶を飲む僕に目配せしたので、テーブルに向かい、席に着いた。
ここはグリンウォルフ家のキッチン。
週末には、僕らは必ず一緒にこうしてランチをするようになっていた。
一緒に暮らそうとセルシアが提案してくれたものの、僕はそれを断った。
そうしてしまったら、何もかもセルシアに任せっきりになってしまいそうで、僕は怖かった。
それに満月には、彼女に迷惑をかけてしまうしね。
こうして毎週彼女との時間が作れるようになっただけでも、僕は満ち足りていたんだ。
「一昨日アーサーに会った時に、ハリーもワールドカップに連れて行くって言ってたわ」
「ハリーも?」
セルシアから手渡された蜂蜜をかけながら、僕は顔を上げる。
「そりゃいいや。ハリーも素敵な夏休みの予定ができたわけだ」
「世界中が沸いてるもの、きっと楽しい思い出ができるんじゃない?うちの研究所でもチケットが取れた人は、今躍起になって仕事を片付けてる」
そう言って肩をすくめるセルシアに、僕は笑った。
「ところでアーサーに会ったって?」
「魔法省でね。『魔法生物規制管理部』がマーミッシュ語の通訳が必要で、アーサーが私を紹介したの。ワールドカップで色んな部署で人が足りてなくて、よそ者の私が引っ張り出されたのよ」
そう言ってセルシアは紅茶のカップに口を付けた。
「そんなわけで来週はちょっとお出かけしてくるわね」
胸がきゅっとした。
でもそれをセルシアに悟られぬように、僕は静かに笑顔だけ返した。
「そういえば──来学期の『闇の魔術に対する防衛術』の教師、決まったの知ってるかい?」
「ルーピン先生よりも相応しい先生がいらっしゃるの?」
セルシアは、突然ぶっきらぼうな口調になった。
彼女は、僕がホグワーツの教授職を辞任したこと──セルシアは実質クビになったようなものだと考えている──が大変気に障ったようで、この話題になると途端にこうなる。
さらに、セブルスの“うっかり”発言を、いまだに根に持っている。
「まあそう怒らないで。聞いたら驚くぞ──」
「別に怒ってないわ、ただ──!」
「マッド-アイだ」
セルシアは息をするのを忘れているようだった。
「……だ、誰ですって?」
「マッド-アイだよ、セルシア。アラスター・ムーディ」
彼女の言葉は声にならず、口だけ「マッド-アイ」と動かした。
「この前、彼に前学期のクラスの進捗具合を伝える手紙を出したんだ」
「まさか…本当なの……?彼が先生なんて…」
「まあ…ちょっと個性的な人物だけど、僕よりもよっぽど適任じゃないか?」
「私はあなたが最適だったと思ってるけど?」
また不機嫌になったセルシアは、肩をすくめテーブルに頬杖を付く。
「……私、今ホグワーツの学生じゃなくて良かった」
「それは同感かな」
僕らは顔を見合せ、にやりと笑った。
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