狼夢化録
□chapter17:ひと掬いのケーキで
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夕食後、洗い物を終えた僕はテーブルに突っ伏すセルシアを見やった。
「セルシア、そろそろ元気出しなよ」
「無理」
シリウスの残した捨て台詞のせいで、その後のセルシアのテンションはだだ下がりだった。
おかげで、夕飯の間じゅう僕はセルシアに当たり障りのない話題を振るのに必死だった。
ちなみに食事している以外の時間、セルシアは目の前の突っ伏した状態だったので、彼女の下ごしらえしてあったのを元に、僕が作った…。
真面目な話をしていたはずなのに、シリウスめ。
あいつが余計なことを言うからセルシアの食事を食べ損ねたじゃないか。
僕が心の中で舌打ちする脇で、セルシアは相変わらず額をテーブルにくっつけたまま、「シリウスに……」とかぶつぶつ呟いていた。
「そういや、僕に用があったんじゃないの?」
その一言で、セルシアのぶつぶつが止んだ。
そうだ。今日は平日の夜なんだから。セルシアが夕食に招いた理由を訊くつもりだったんだ。
シリウスがセルシアの何を見たかについて、僕も思いを巡らせてる場合じゃなかった。
「──そうだ、そうなの。リーマス」
突然、我に返ったセルシアは立ち上がった。
「リーマス、あなたにもらってほしいものがあるの」
* *
「セルシア…本当に、僕に?」
「そうよ」
僕は信じられなくて何度も目をパチパチさせてセルシアを見た。目の前の彼女はにっこりと嬉しそうに微笑んでいる。
「何て言うか……信じられないよ。本当にいいのかい?」
「あら、じゃあ無理にとは言わないわ。私のおせっかいでしたことなんだから」
「そんなことない」
引っ込みかけたセルシアの手を、僕は慌てて取った。
「君がこんなことしてくれるなんて、感謝しきれないよ。でもさ……」
僕は彼女の手の中を見た。
「これ、甘くならないかな」
「それは無理」
セルシアがぴしゃりと言ったのと同時に、彼女が手にしていたゴブレットの中の脱狼薬がゴボッと嫌な音を立てた。ついでに臭いも好ましくない…。
「その代わり、甘〜いご褒美を用意したわよ」
子供に言うような口ぶりで、セルシアは小さなチョコの包みを取り出した。
「こんな小さいのじゃ足りないよ!」
「じゃ、いらない?」
「一応、もらっておく」
僕はチョコをセルシアから引ったくると、一気にゴブレットの中身を飲み干した。
「にが……」
顔のパーツがすべて中心に集まるほど、僕はきつく目を瞑り、チョコを急いで口の中に放り込む。
「がんばった!」
一部始終を隣で見守っていたセルシアは、完全に僕を子供扱いしていた。
「君もこのまずさを体験してみるといいよ…」
「それは遠慮しとくわ」
セルシアが顔をしかめてる隣で、まだ僕は必死に、口の中に残る酷い味と臭いと戦っていた。
あー、あんな小さいチョコ1個じゃあ、この味はすぐ消えないんだよ……。もっと他に口直しのできるものを──。
「あっ」
「わ、びっくりした」
「そうだよ!もっといいものがあったじゃないかっ」
「何?どうしたの!?」
セルシアが目を丸くさせたが、僕はそれには答えず杖を振った。
「アクシオ!」
すると、キッチンの外から少しいびつな形の箱が飛んできて、僕はそれを受け止める。
セルシアへのお土産に買ってきたチーズケーキだ。
シリウスの襲来による騒ぎですっかり忘れていた。
ひっくり返った時に派手に落としたので、箱を開けると柔らかいケーキはもちろん原形を留めてはいなかった。
「やだ、まさかずっと廊下に置いてあったの!?」
「セルシア、フォーク貸して」
彼女は口をあんぐり開けて驚いていたが、切羽詰まった声で僕が手を差し出すので、急いで席を立ってフォークを持って来た。
「ほら!リーマス!」
セルシアは斜めに崩れたケーキに、勢いよくフォークを刺すとそれを僕の口の前に向けた。
ひと口にしてはかなり大きめのケーキの塊を、僕はほとんど反射的に口の中に入れた。その瞬間、程よい甘みが広がり、フォークを加えたまま安堵の息を大きく吐く。
「落ち着いた?」
我に返ると、目の前のセルシアがくすくすと笑いを漏らしていた。
僕がくわえている、そのフォークを手にして。
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