狼夢化録

□chapter18:お尋ね者、帰る
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 とにもかくにも、彼──シリウスはいつも唐突なのだ。

* * * * *

「よお」

 その日は天気が良くて、中庭を通って図書館に向かおうとしたら、不意にぶっきらぼうな声がしたので私は振り返った。

「……こんにちは」

 リリーとジェームズが付き合う前だったし、私はまだ彼が苦手だったので、挨拶を返すことしかできなかった。

「そんなに警戒するなよ。噛み付かないぞ?」

 シリウスは珍しく困った顔を見せ、笑った。

「女には人気なんだけどなぁ」

 「お前とエヴァンズ以外に」とシリウスは付け足したので、私は首を振った。

「ごめんなさい。私、あまりおしゃべりが得意じゃないから……」

「そっか」

 頷くとシリウスは近くにあったベンチに座った。目で「お前も座れ」と言っている。私、図書館に行きたかったのに……。
シリウスはさらりと自分のペースに人を巻き込む。無視できるわけもないので、私も黙って彼の隣に座った。

「その、さ」

 シリウスは急に口ごもって、大きく投げ出した自分の足を見ている。私は意味がわからず黙って彼を待った。

「──あの時は悪かった」
「………え?」

 何のことかしら。謝られるようなことをされた覚えはないし……。
そもそも彼とは接点がほとんどない。

私はぽかんとシリウスを見つめた。
まともに彼の顔を見たのはこれが初めてだったかもしれない。なるほど、女の子が騒ぎそうなカッコいい顔だ、とか余計なことを考えていた。

「あれだよ!前に湖の樹のとこで……」

 苛々した様子でシリウスがこちらをパッと向いた途端、彼は吹き出した。

「お前、口開いてるぞ」


 シリウスがクスクス笑うので、一気に顔が熱くなってきた。
彼はハッとして、慌てて手を振った。

「…じゃなくて!その、あれだよ。前に湖のとこでお前をからかっただろ?」
「……あぁ」

 「リーマスの彼女を見に来た」と言われたのを私は思い出した。

「ローブを踏んで転ばせたし……」
「…ちょっといい?」

 普段見ない、しょげた様子のシリウスに、口を挟む。

「……それって、半年くらい前の話よね」

「そうだけど」

「半年も前のことを、あなたは今謝りに来たの?」

 別段怒っていたわけではないんだけど、今頃シリウスが私に話しかけてきた理由がわからなかった。

「あの後、謝ろうと思ったんだけど、話しかけるタイミングがわかんなくてさ」

 呆れた!そんなことで半年も経ってから話しかけてくるなんて!

私は目の前にいるのがホグワーツで一、二を争う有名人シリウス・ブラックだというのを忘れて、かなり軽蔑した目でわざと彼を見てやった。

「それにリーマスが──」


 私が世界で一番好きな単語でハッとした。

他人の口から発せられる彼の名前は、私を一際ドキリとさせる。私はようやく、シリウスに真剣に耳を傾けた。

「リーマスが、お前には近付くなって言うからさ」

リーマスが?

 シリウスはさらさらの黒髪を乱暴に掻き乱し、言いづらそうに口を開いた。

「あの後、あいつにすっげぇ怒られたんだ。だからあまりお前に近付かないようにしてた」

 リーマス……私のこと心配してくれたの?

私がいない時に、彼が私のことを話題に出すなんて想像もできなかったので、シリウスの話は私を動揺させた。
シリウスの謝罪よりも、リーマスが普段から私の話を彼らにしているのかとか、そっちの方を一切合切聞き出したくてウズウズしたけど、ぐっと堪えた。

「あの…私、怒ってないから……」

 「リーマス」という言葉を呑み込みながら、しゅんとしたシリウスの顔を覗きそう言った。
すると、彼は勢いよく顔を上げて身を乗り出した。

「本当か?」

「ええ……」

 あの時はどちらかというと、リーマスと手を繋いだ記念すべき日として記憶されていたので、正直謝られてもぴんと来ていなかった。

私のそんな気持ちも知らず、シリウスの顔は途端に明るく、ご機嫌になった。

「そっか……良かった!安心したよ。グリンウォルフは優しいからそう言ってくれると思った!」

 私のことをよく知らないのに調子がいいこと……。

私は引きつった笑顔でシリウスに微笑む。
彼は心底安堵した表情で、勢いをつけて立ち上がった。

「あ、今ここでお前と話したこと、リーマスには内緒だぞ」

「え?……わかったわ」

 そんなにリーマスが怖いなんて。「悪戯仕掛人」の中でリーマスのポジションはかなり高いところにあるようだ。

「ありがとな」

 シリウスはそう言って、立ち上がった私の前に大きな右手を差し出してきた。

意味を理解しかねた私がぼんやりしていたら、シリウスは私の手をかなり強引に取って、力一杯ブンブンと振った。

私はただされるがままに腕を振っていたが、シリウスの嬉しそうに微笑んだ顔は今でもよく憶えている。

彼は一度強く私の手を握ってから、そっと離した。

右手はかなり痛かったけど、思ってたよりも人懐こいシリウス・ブラックの笑顔が少し可愛かった。



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