狼夢化録
□chapter1:ブナの樹の下で
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「あっ」
私は思わず声を上げる。するとジェームズは私のほうをチラリと見た。
こちらに向かってニヤリと笑うと、ジェームズはセブルスに杖を向け空中にひっくり返した。
セブルスの灰色のパンツが剥き出しになり、周囲がワッと盛り上がる。
私は見てはいけない気がして顔を背けると、「下ろしなさい!」とリリーが横で怒鳴った。
「承知しました」
ジェームズのその声と共にぐしゃっと何か落ちる音がした。
セブルスが落ちたとわかった私が顔を上げると、シリウスの呪文によってセブルスは再び転倒して、固くなっていた。
「彼にかまわないでって言ってるでしょう!」
ついにリリーは杖を取り出したものだから、私は思わず彼女の肩を掴んだ。
「リリー!!」
だがリリーは鼻息荒く、ジェームズとシリウスを睨み付けていた。
そんなリリーの様子に驚いたのか、ジェームズはため息をつきながらもセブルスに反対呪文を唱えた。
「スニベルス、エヴァンズが居合わせて、ラッキーだったな──」
「あんな汚らしい『穢れた血』の助けなんか、必要ない!」
その時、リリーが一瞬曇った表情を見せた気が──した。
「これからは邪魔しないわ。それに、スニベルス、パンツは洗濯したほうがいいわね」
リリーは冷静に言ったが、私は気になって仕方がなかった。
だって、リリーがこれまでセブルスのことを「スニベルス」と呼んだことなんてなかったから。
「僕は一度も君のことを──何とかかんとかなんて!」
「──そんな思い上がりのでっかち頭を乗せて、よく箒が離陸できるわね。
あなたを見てると吐き気がするわ。セルシア、行きましょう」
ジェームズとリリーはまだ互いに吠えるようなやり取りをしていたが、とうとうリリーはくるりと踵を返し、すたすたと湖のほうへ歩いて行ってしまった。
ジェームズが「おーい、エヴァンズ!」と呼んでいるが、リリーは完全に無視していた。
私はそのままリリーを追いかけようとも考えたが、側の木陰に彼がいる。
私は大股でどんどん歩いていくリリーの後姿と、相変わらず本を見つめ続けている彼とを見比べながら、どうしようかしばらくそわそわしていたが、まだ動く気配のない彼のもとへ行ってみることにした。
行ってみたかった。行って、一言でいいから話がしたかった。
すぐ近くではジェームズとシリウスが、またセブルスを呪文の押収でからかい始めた声がしていたはずなのに、芝生を踏む音と、自分の心臓の音だけしか自分の耳に入ってこなかった。
心臓の辺りから顔に向かって、熱が上がってくるのがよくわかった。おそらく顔が真っ赤だったろう。ブナの木陰では、まだ彼は本に目線を落としていた。
ふうぅっと大きく息を吸って、彼の傍らに立った。
「──こんにちは、ルーピン」
私の声で、ようやく彼──リーマス・ルーピンは本から顔を上げてくれた。私と目が合うと彼はいつもの愛想の良い笑顔を見せた。
「こんにちは、グリンウォルフ」
──ああ、本当に大好きよ。
「次の試験の勉強してるの?」
「『変身術』の問題集だよ。グリンウォルフは得意かい?」
質問されちゃった!!
でも残念ながら私は変身術は(も?)あまり得意じゃないの…。
「あー…いいえ。正直苦手よ、授業もマクゴナガル先生も」
私の言葉に彼はふふっと少し声を出して笑った。
「で、でもっ。難しいけど『変身術』の授業はとても面白いと思うし、今苦手って言っちゃったけど、マグゴナガル先生は大好きな先生の1人よ」
「授業の時に苦手なだけ」 と、私は彼に笑われたことがとても恥ずかしくて、慌てて色々言葉を付け足した。
もう!何でうまく話ができないの!って、こういう時はいつも心の中で自分の頬をぴしゃりと叩いてた。
「ル、ルーピンは『変身術』得意なの?」
こんなこと聞いて大丈夫だったかしら。
「いや、僕もできるほうじゃないよ」
リーマスは軽く首を振った。
「さっきシリウスにテストしてもらおうと思ってたんだ。でも、彼らはほら…」
そう言ってリーマスは、ジェームズとシリウスがセブルスを逆さ吊りにしているほうに目配せした。もう最悪ね、あいつら。
「あの…こんなこと本当は言いたくないんだけど、もうちょっと付き合う友達を選んだほうがいいと思うわ。
ポッター達といる所を見るといつも心配になるの。ルーピンは真面目で誠実なのに、彼らみたいな困った人達と付き合っていて、嫌な思いをしてるんじゃないか…って……」
言っている途中で気付いたけど、私すごいこと言ってたわね!ただのクラスメートなのに、余計なこと言い過ぎてた!案の定リーマスは少し驚いた顔で目を丸くしてこっちを見上げてた。
ああっ!どうか怒らせていませんように…!
「彼らもいつもあんな調子ではないんだ。友達想いだし、いい所もあるよ」
リーマスの口から出たのは怒りの言葉ではなくて、いつもの穏やかな口調だった。でも苦笑いをしている。
「初めてだよ、そんなこと言われたのは」
「ご、ごめんなさい、余計なこと言って!」
恥ずかしくて逃げ出したかったけど、体が動かなかった。
「気にすることないよ。ありがとう、心配してくれて」
あなたの笑顔に私はいつも安心するの。それは私だけに向けられるものではないけれど、あなたがこういう笑顔を見せてくれると
ふわふわした気持ちになって、体中がぽかぽかして、「大好きよ!」って叫びたくなるの。(言えないけどね!)
「あ、あのルーピン。よかったら一緒に…あー、あなたが嫌でなかったらだけど…、一緒に『変身術』の勉強をしない?」
舞い上がりすぎて初めてこんな大胆なことを言っちゃった。私はまた心の中で自分の頬を叩いた。リーマスは私を見つめている。
「私は、本当に『変身術』が得意じゃないんだけど、お互い良いと思った参考書を教えるとか…そういう情報交換ができたらいいなって思ったの。
リリーはどの教科もできるんだけど、そんな彼女といつも勉強してると…その…できない自分が恥ずかしくて…。
だから他の人とも、『変身術』が苦手な人とも協力して勉強してみたいな、と思ってて……」
私は半分自分でも何を言っているのかよくわからないと思いながらも一気に喋った。
リーマスは私の話を聞いているようにも、あまりの捲くし立てように驚いているだけのようにも見えた。
とにかく、彼は私をじっと見ていた。
「あ、嫌だったらいいのよ!今私が勝手に思いついたことだし。あなたはブラックにテストしてもらおうと思ってたんでしょう?
でもブラックは、今ポッターとほら…あれだし…ルーピンは監督生だし、頭もいいから、教えてもらえたらいいな、とか思っちゃったの!」
ごめんなさい!──そう言いかけたら彼の優しい声が先に聞こえた。
「いいよ」
「へっ!?」
私は予想外の返事に変な声を上げてしまった。