狼夢化録
□chapter2:湖の秘密
2ページ/4ページ
友達をあんな目に遭わせた女なんて最低だ!リーマスはきっとそう思っただろう。そう思ったら苦しくて、その日の夕飯はあまり美味しく感じなかった(食べたけど)。
あまりの気まずさに、私たちから離れた席に座っているリーマスを見つめる毎日の習慣も、その晩はできなかった。時折リーマスがこっちを見ていた気がするけど、たぶん気のせいだろう。
ジェームズとシリウスを湖の中に放り込んだのが私だと知ったリリーは鼻息荒く「それぐらいの目に遭って当然だわ!」と、私の仕業を怒ることなくむしろ褒めたたえてくれたが、
あの時のリーマスの視線を考えるといい気分にはなれず、気が滅入るばかりだった。
とにかくこの日の気分は最悪だったのだ。
私は談話室に戻ると、お喋りしながらたむろしている生徒達の山をかき分け、人込みから離れた、窓辺の小さな席に独り腰掛け、顔をテーブルにくっつけた。
テーブルがひんやりする。そんな中、今日の湖での出来事を一から十まで反芻して、またどん底な気分に浸っていた。
「セルシア、セルシアったら!」
これからリーマスにどんな顔したらいいのだろう、とかジェームズやシリウスにひどい仕返しをされないだろうか、とか嫌な考えが私の中を4周はした頃、何やら慌てた様子のリリーの声が頭から降ってきた。
「……リリー。今、私気分最悪なの。わかるでしょう?」
「そうじゃなくって!起きて!とにかく!」
「もうダメ…絶対嫌われたよ……」とブツブツ言いながら、ものすごくふてくされた顔を上げると、そこには思いもよらない人物が。
「グリンウォルフ、これから時間あるかい?」
「リっ…いえ……ルーピン!」
「グリンウォルフもそんな顔するんだね」そう言うとリーマスはふふっと笑った。
「もっとおしとやかだと思ってた」
あまりのショックにぐらりと体が後ろに倒れそうになったが、リリーが私の背中をはしっと支えてくれたので転倒は免れた。
もう何もかもツイてない!!
「図書館に行かない?さっき君の言っていた本を教えてもらおうかと思ってさ」
「ほ、本!?」
「ほら、今日昼間話したじゃないか。『変身術』の試験勉強をしようって話」
昼間……湖で見た彼の表情を思い出し、また暗い気分に胃が締め付けられた。でもすぐに今彼が発した言葉の意味を考え直した。
「え?だってあなた……」
私のことが嫌なんじゃないの?そう言いかけて私は言葉を切った。リーマスは不思議そうな顔をこちらに向けている。
「今日はもう何も予定がないようなら一緒にどうかなと思ったんだけど。昼間はあの騒ぎで勉強できなかっただろう?」
リーマスの言葉を聞きながら、ぼーっと突っ立っている私の背中をリリーが強めに押してきた。
「よ、予定は何もないわ!むしろ私も図書館に行こうかなって思ってたところだったの!」
何とか覚醒した私は、彼の言葉をイマイチ理解しきれないうちに慌てて嘘をついた。あまりにもみえみえな嘘だったけど、リーマスは朗らかに「なら、ちょうどよかった」と頷いた。
「でも何か具合悪そうにしてたみたいだけど大丈夫かい?」
リーマスは、リリーにも確認するかのように、私たち2人の顔を交互に見た。
「そうね、彼女はいつも病気みたいなのよ」リリーは肩をすくめた。
『あなたにね』と、リリーはリーマスにはわからないように唇を動かさずに私を見ながら言った。リリーったら!
「えっ、本当に?グリンウォルフ、君大丈夫かい?」
「リリーの冗談よ!いつも私は元気です!」
私はリリーを軽く睨んだ。リリーはニヤニヤと、面白そうに私を見た。
「それなら図書館に行こうよ。僕も支度してくる。えっと……」
と、リーマスはリリーを見て何か言おうとしていたが、それよりも早くリリーが口を開いた。
「あっ、私フリットウィック先生の所へ行って『呪文学』の試験のための確認に行こうと思ってたの!セルシア、だからあなたは彼と図書館へ行っていてくれるかしら?」
「えっ、……わかった」
「じゃあ、ルーピン、セルシアのことよろしくね」
そう言うとリーマスが返事をするかしないかのうちに、リリーは寮の階段に向かってさっさと歩いていた。
「──じゃあ、僕、部屋に行って鞄を取ってくるね」
リーマスの言葉にハッとして、リリーが寮の階段を駆け上がっている様子を眺めていたのをやめた。
「あ……ええ、私も支度をしてくる」
「じゃあ、談話室の入り口で待ってて」
そして私は寮の階段に向かった。リーマスは、暖炉の側で爆発ゲームに興じていたジェームズとシリウス、彼らの様子を口を開けて見ていたピーターに声をかけて、何か話していた。
途中、シリウスがヒラヒラと片手を振って何か言っていたが、リーマスはそのまま男子寮の階段を上っていった。その様子を見て、私も支度するために慌てて階段を一段飛ばして駆け上った。
「セルシア!!」
ドアノブに手をかけた途端、部屋のドアが開き、リリーが顔を出した。
「リリー!」
私はびっくりして飛びのいた。リリーは片手に鞄を抱えて、満面の笑みで私を見て、目をパチパチさせた。
「リリー、本当にフリットウィック先生の所へ行くの?」
さっきリリーが言っていたことはおそらく嘘だ。リーマスと2人きりにさせようと、リリーは気を遣っている。
私は親切な彼女に対して申し訳なさがこみ上げてきた。
「ええ、試験のために私がこれまで勉強したところがあっているか、試験のヤマをさりげなく聞きだしてくるわ。だからセルシア、またあとでね」
リリーは私の脇を通り、階段を下りていった。
「リリー!」
私は手すりから身を乗り出し、素早く階段を下りていく彼女を呼んだ。するとリリーは途中で止まって私を見上げた。私の大好きな、大きな緑色の眼で。
「リリー……、ありがとう…ごめんね」
私はか細い声で言った。リリーは私を見てにやっと笑うと「私はすぐ戻るわ」と言って、また階段を下りていった。