狼夢化録

□chapter7:蒼か、青か
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「さ、リーマス。先に髪の毛を直すわよ」

 そう言いながらセルシアは座る僕の前に立ち、ジェームズから借りたブラシで前髪を優しく梳かし始めた。

「ジェームズ、何で透明マントなんか持って来てるんだ?」
 シリウスは椅子の背凭れに掛けられた透明マントを指差す。

「ああ、これ。リリーがウェディングドレスに着替える様をこの目に留めようと思ってね!」
「それって覗きだろっ!?」
「最低だね」
 シリウスと僕の汚いものを見るような視線は、ジェームズには全く通じなかった。

「ジェームズ、ワックスとか持ってないの?」
「これしかないけど、はい。僕にはさっぱり効かなかったけどね」

 セルシアは、いつものことだと言わんばかりにそんな僕らをほとんど気にもしていなかった。
僕の髪を見たまま、セルシアがジェームズに尋ねると、ジェームズは彼女の手に小さな容器を置いた。

 確かにジェームズの髪はいつもよりは落ち着いていたが、相変わらずあちこちはねている。

「リーマスの髪ならだいじょーぶ」

 セルシアはにやっと笑うとワックスをひと掬い指先に取り、自分の手に広げた後、僕の髪に馴染ませていった。

 その時僕はあまりにも近くにあるセルシアの顔にどきりとした。

普段あまりつけていない香水の匂いがした。甘い、ベリーのような匂い。

唇は瑞々しくピンク色に輝いている。

肩が少し出るくらいのドレスを身に着けていて、彼女が僕の髪をいじっている間、彼女の首から胸元にかけての辺りが気になって仕方なかった。

綺麗な鎖骨が出ていて、首にはいくつもの宝石が揺れる、銀の鎖のネックレスが掛かっていた。

その珍しく露出された素肌は、キラキラと輝く星のように光っていた。

 僕ははじめ、思わずセルシアの素肌を凝視してしまっていたが、何だか気まずくなってどこか適当な場所はないかと視線を彷徨わせていた。
途中でシリウスと目が合った気がした。


「できた!こんな感じかしら」

「ありがとう、セルシア」
 僕はさっぱりとまとめられた髪を軽く撫でた。ワックスの香りが何だか慣れない感じで妙だった。

「お、だいぶ男前になったねムーニー」ジェームズがいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「さ、次シリウス」
「俺もか?」
「せっかくの結婚式でそんなに長い前髪垂らしてたらダメよ。二枚目なら堂々と顔を出す!あなただって髪の毛ボサボサじゃない」
「セルシアが走らせたからだろ!」

「それはさっき謝ったわ」とさっきよりやや力強く言いながらシリウスを引っ張り僕と位置を交代した。
 セルシアはさっきと同様にシリウスの髪を梳かし、軽く髪をまとめていく。

 シリウスは同じ場所に座って、セルシアを近くで見て何か思うだろうか?

彼は女性慣れしているから何も感じないかもしれない。
シリウスはむすっとした表情だったが、大人しくされるがままになっている。

 しばらく僕が脇で2人の様子を見守っていると、シリウスがこっちを見てきた。何か目で合図しているようにも見えたが、しばらく僕をじっと見るとにやりと口元を緩め、声を出さずに口を動かした。

「?」
 その時は彼が何を言ったのかわからなかった。

* *


「ねぇ、シリウス。君さっき何か言っただろう?」
「え?」

 ジェームズと別れ、チャペルに引き返す途中、さっきのシリウスの様子が気になったので彼に聞いてみた。 

「新郎の控え室で。セルシアに髪を直してもらってる時。あれは何て言っていたんだい?」

「ああ、あれね」
 シリウスは思い出したのか、またにやりと笑った。この意地悪い笑顔は学生時代と変わらない。


「『ス・ケ・ベ』って言ったんだよ」

「はぁ?」
 僕は訳がわからなかった。

「リーマス、髪を直してもらってる時、ずーっとセルシアを見てただろう。胸をさ」

 体中の熱が顔に集まっていくようだった。確かに、少し見ていたけど…。
それはシリウスがきっと思っているようなやましい気持ちで見ていたわけじゃない!

「な…ち、違うよ!君じゃあるまいし。それに目の前にいるんだから見るに決まってるじゃないか」
 反論してみたがシリウスはにやにやしたままだ。言い訳にしか聞こえてないだろう。

「いや、あれは男の目線だったね。狼のように噛み付かんばかりに見ていたね」

「僕は狼なのは事実だけど、女性に関しては君のほうが狼だろう?パッドフット」
 噛み付かんばかりに見ていたのはむしろシリウスのほうだっただろう。僕もにやりとして言い返した。

「噛み付きはしないけどな。拝見させていただきましたよ?ムーニー君」

 ほら、やっぱり。

「セルシアの奴、案外スタイルは悪くはないよな。普段からああいう格好してれば男ももっと近付くんだろうけど」
 シリウスはしれっとこういうことを言う。

確かに僕もそう思わなくはない。でももしセルシアがそうしていたら、と考えると何だか胸の奥がザワザワした。
だから今のままの彼女がとてもいいのだと一人納得した。

「2人とも、遅いわよ!」

 僕らのしばらく前を歩いていたセルシアが、こちらを向いて僕らを待っている。
さっきの控え室での出来事を思い出し、また少し恥ずかしくなった。
シリウスは「おう」とセルシアにさっと片手を挙げて見せた。

「さ、行くぞ。狼君」
 僕の肩をぽんと叩き、シリウスが少し大股で歩き始めた。慌てて僕も彼に続く。

「ねぇ、さっきのことセルシアに言わないでくれよ。そんな風に見てないんだから」
 情けないが僕はシリウスに哀願した。セルシアに聞かれたら何て顔されるか!

「はは、言わない言わない。男同士の話だからな」
 シリウスは何でもないことだったように爽やかに笑った。

 セルシアは離れたところで手招きをしている。

「早く来ないと今度は2人を引っ張って走るわよ!!」
それは勘弁!!

 シリウスと仲良くハモると僕らは一斉に走り出した。

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