企画
□粉雪とただいま
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彼、シュライヤは一体何をやっている人なのか、何の為に海に出ているのか、私は何も知らずに彼の帰りをひたすら待ち続けている。かと言って、帰って来るのかも定かではない。週に一度、帰って来ればいい方だと思う。
「――暫く戻れない。…いや、もしかしたら一生戻れないかもしれねェ」
「……え?」
こんな会話をしたのだってどの位前だっただろう。もう数えるのも嫌になって忘れてしまったくらいだ。ただ、何の脈路もなく告げられた言葉に、頭が真っ白になった覚えがある。
どうやらシュライヤは賞金稼ぎらしく、“海賊処刑人"という異名まであったそうだ。名前だけなら新聞で見たことがあったので、私はかなり驚いた。
「やっぱ引くよな、普通」
そう自嘲気味に言うものだから、思わずシュライヤの手を握った。思えば大胆な行動だった。
シュライヤとはひょんなきっか
けで出会った。怪我して倒れていた彼を介抱したのが始まりだった。
それからシュライヤは、こんな平々凡々な私に恩義を感じてくれたのか、出て行ってはここに帰ってくれる様になった。“帰る"というのは可笑しな表現かもしれないが。
時が経つにつれ、私はシュライヤが好きになった。彼も口には出さないが、ふとした時に手を握ってくれたり、優しげな眼差しを向けてくれる。不器用な彼は、それくらいしか愛情表現が出来なかったのかもしれない。
だけど、私に接する時どこか一線を引いた感じが心に引っかかっていた。
そんな訳で、手を握られた事に若干の戸惑いを見せながらも、シュライヤは身の上話を私に聞かせてくれた。
壮絶な過去をぽつりぽつりと、やはり自嘲気味に話すシュライヤ。何と声を掛けてあげればいいかわからなかったが、私に言えるとすればこれだけだった。
「絶対生きて、帰って来てね。いつまでも待つから……ここで」
「名前…」
初めて約束を取り付けた私に対し、その時シュライヤは初めて口付けてくれた。
「―――今夜は冷えるなぁ…」
暖炉の前にいると言うのに体の芯が冷えてならない。もう雪が降っても可笑しくない夜だった。
今日はクリスマスだし冷えるのも当たり前か、と自嘲した。
あぁ、いけない、シュライヤのがうつったかなと苦笑。
数えて見れば彼が出て行ってもう三ヶ月は経とうとしていた。
やっぱ数えなければよかった。
――ドン、ドンッ
うつらうつらしていた時に戸を叩く音が聞こえた。こんな夜遅くに何だろうか、と怪訝に思いながら肩掛けを掛け扉を開けた。
「………………」
「――…なんつー顔してんだよ」
今度は自嘲じゃなく、苦笑混じりの声だった。何もかもが懐かしく感じた。
「……シュライヤ…」
「…ただいま」
控えめに、だが真っ直ぐに告げられたものは、これまでシュライヤが遠慮して言わなかった言葉だった。
外は細やかな雪が降っていて、シュライヤにも粉雪がくっついていた。
「お、おかえりっ」
少しどもってしまったけれど、私も遠慮して言えなかった言葉を言えた。
シュライヤは私の嬉しそうな顔を見て何とも言えない表情をし、自身の黒帽子を私の頭に被せた。
「わ、シュライヤ?」
「あんま見んな」
目深に被らされたのでシュライヤの表情は伺えないが、照れているのだろう。
「全部、終わった。だから一緒に来ねェか?余計なの二人いるけど」
「……行く!」
「…他にいい男がいても、お前の事離さねェからな」
こんな時でも、シュライヤは謙虚で少し強引だった。