BLEACH
□0.side-c Prologue
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「いや〜来ましたなぁ〜、空座高校!」
「高校!」
「あの、目立つので黙ってもらえます?」
青い空、暖かな風、桜の香りに深呼吸をする。この世界に来て──浦原商店にお世話になり始めて、三日目の朝。
昨日一昨日をバタバタと過ごし、ようやく落ち着けるかと思った本日は空座第一高等学校の入学式である。
新しい制服を身に纏い、僕たち三人は校門の前に立っていた。希望あふれる同級生たちを横目に、僕は溜め息をつく。
「橙亜、まだ緊張してるの?」
「当たり前でしょう……」
「心配しなくても今日も美少女だぜ〜? ま、唯和ちゃんには及ばないけどぉ〜」
「そんな心配をしたことは人生で一度もありません」
逆にどうして二人は緊張しないのだ。璃鎖はまあ、知らないせいもあるが、唯和は間違いなく僕と同じくらいの《知識》があるのに。
呆れた目を向ければ、唯和はケラケラと笑った。
「んじゃ、唯和ちゃんはかわい子ちゃんをナンパしてきま〜す!」
「え、ちょっと……」
スキップをしながら、唯和は新入生たちの波に消えていった。行方を見失った僕の右手が宙をさ迷う。
隣の璃鎖が苦笑いを浮かべた。
「唯和は相変わらずかわいい子が大好きだね」
「集団行動もできないんですかあのバカは……」
仕方がないので、璃鎖と二人でクラス分けが貼り出されている場所に向かった。
目的の場所には、多少の人だかりができている。人の隙間から貼り出された紙を覗き込んだ。
「見えた?」
「スカートで跳ねないでください」
背の低い璃鎖は隣でピョンピョンと跳ねている。一メートルくらいはゆうに足が浮いていた。周りの人たちが二度見しているのでやめてくれ。
クラスを確認した人たちがすぐにどいてくれたので、僕たちは最前列へと躍り出た。左側から順番に見ていけば、そのうち自分の名前が目に留まる。
僕の名前は「1年3組」にあった。
「………………」
斜め下には「黒崎一護」の名前もある。上には「井上織姫」、斜め上には「石田雨竜」、他にも「茶渡泰虎」、「有沢竜貴」などなど。
つまりみんな同じクラスだ。思わず顔を覆う。
「ここまでくればそんな気はしましたけど……」
「橙亜? もしかして違うクラス?」
「いいえ、璃鎖と唯和も一緒ですよ」
薄々思っていたが、「今」は《物語の開始前》で間違いないらしい。
最悪だ。せめて《全てが終わっていた》ならもっと確実に、平和に過ごせただろうに、よりにもよってこれから《始まる》なんて。
──あの占い師は一体、何の目的で僕たちを《ここ》に送ったんでしょうね……。
侑子さんの発言をヒントとするなら、彼は僕に「何かを見つけてほしい」らしい。
しかし、とんと見当がつかない。大きさも形も指定がなければ、物かどうかもわからない。人かもしれない。形のない曖昧なものかもしれない。
名指しされたのが僕だけだったから璃鎖と唯和は気楽なものだ。「なるようになるだろうし、それまでは楽しもうぜ〜」だなんて、悠長が過ぎる。時間制限とかがあったらどうするつもりだろう。これだから刹那主義の自由人は……。
──いや、そもそも黒崎さんと同じクラスになっているのは浦原さんが手回ししたからでは?
偶然、という可能性は全く考えなかった。なぜなら、侑子さんが口癖のように「この世に偶然なんてない。あるのは必然だけ」と《言っている》からである。
侑子さんにそうするように頼まれていたのだろうか。知り合いから預かってくれと言われただけでここまで気を利かせはしないだろう。
というか、僕たちのせいで本来このクラスにいるべき人間も変わってしまっているのではないのか? 今さら考えても仕方ないことだが、いろいろと大丈夫なのか。バタフライエフェクト的なあれは。それとも、同じ学校にいるなら大丈夫だったり? いや、楽観視が過ぎるな。
僕たちが存在しているせいでこの世界がめちゃくちゃになってしまったら、どうする? どうすればいい? いっそ外に出ずに引きこもっているか? それはそれで浦原商店の皆さんに迷惑がかかるな……。
「あ! あそこにいるかわいい女の子二人がオレの連れだよぉ〜」
後頭部に投げられた唯和の通る声が思考を中断する。
どうやら本当にナンパしてきたようだ。そのコミュニケーション能力の高さには畏れ入る。
「だってさ、啓吾」
「だとしても馬芝中のチャドと黒崎の存在自体がもう俺らのバラ色の高校生活をこの世の果てまで追いつめるんだよーー!!」
振り返った僕は、崩れ落ちそうになる足に必死に力を入れた。「なんでわざわざ《原作キャラ》をナンパしているんだお前は!」と叫びたくなるのを必死に我慢する。
遠目に唯和を睨みつけるも奴は気にも留めず、「小島水色」と「浅野啓吾」を伴ってこちらに近づいてきた。
「唯和、もう友だち作ってるね」
「どうして僕の心配を平然と踏み荒らしていくんですか……」
「よくわからないけれど、唯和は橙亜の困った顔が大好きだから……」
「無表情なんですけど……」
璃鎖に肩を叩かれる。諦めろということか。
──確かに、唯和の気持ちもわからなくはないですけど……。
知っている《彼ら》と話してみたい気持ちは、もちろんある。
しかし、やっぱりおそれ多いのだ。積極的に関わりたくはない。僕たちが関わって、万が一にも彼らの《未来》が変わってしまったら、取り返しのつかないことになりかねない。
壁を一枚、それこそ《次元の壁》を一枚隔てるくらいの距離感がなければ、安心して眺めることすらできそうにない。わかるだろう? 僕は臆病なのだ。
唯和にだって僕の気持ちは理解できているはずだ。わかっていてなお「自分の楽しさ」を優先している。本当にたちが悪いと思う。
「クラス分け、張り出されてるよ。ぼくら1-3だって」
「あれれ〜、オレたちも一緒のクラスだねぇ〜、やったね〜? 橙亜〜」
小島さんにわざとらしく同意した唯和の表情は、なんとも嫌らしい。
一方、クラス分けを見た浅野さんは固まった。彼が今しがた叫んでいた噂のヤンキーである黒崎さんと茶渡さんの名前を同じクラスに発見したからである。
意味合いは違えど、その絶望は僕にも理解できる。浅野さんの絶叫をBGMに空を見上げていると、クラス分けが貼られた掲示板が割れる音が聞こえた。
「あ」
──そういえば《このあと》、浅野さんたちは黒崎さんたちの喧嘩に巻き込まれるんだっけ。
クラス表の向こう側から人が飛んでくる様子が、スローモーションで見えた。
頭で状況を理解できていたとて、体が動かなければ意味がない。目の前には、おそらく黒崎さんの蹴りを顔面に食らった不良さんの背中が迫る。
本来ならば手前にいる浅野さんたちのように、不良さんたちが頭上を通過していったはずなのだが、唯和に関わりたくないと少し距離を取っていたせいで、ちょうど着地点に僕がいた形になってしまった。
受け身も取れぬまま、僕はその衝撃を顔面から受ける。
「むぐっ……!」
飛んできた人間の重さに耐えられるはずもなく、倒れ込んだ背中が地面に打ちつけられた。勢いも止まらず、後頭部と背中が地面の上をスライディングする。
新品の制服をこんな形で汚してしまい、浦原さんには本当に申し訳ない。頭もなんだかズキズキするし、踏んだり蹴ったりだ。
ダメージがひどくてすぐに起き上がれず、とりあえず綺麗な青空を見ながら息を整える。そんな視界に、日の光で鮮やかに輝くオレンジ色が映り込んだ。
「うわ、悪い! 大丈夫か?」
「────」
このときの感情を、一体どう言葉を尽くせば言い表せるだろう。
迷うことなく差し出された手、その指先までもが眩しい。ただまっすぐ、他人を助けるために走り出せる人。僕にはないものを、持ってる人。
──あぁ、《ここ》は本当に……。
今さら疑うようなことはなかった。それでも、「彼」を見れば頭も心も、全身全てが理解する。受け入れてしまう。
──僕たち、『BLEACH』の世界に来てしまったんだな……。
改めて、深呼吸をする。いつまでも寝てはいられない。
差し出された手を取った。温かい。力強くて、エネルギーが流れ込んでくるような錯覚まで感じる。
起き上がり、制服の汚れを払った。大した怪我をしていないことを確認し、彼──黒崎一護に向き直る。
「はい、大丈夫です。僕より、周りを心配されてはいかがですか?」
周囲は複数の不良さんたちに囲まれていた。対するのは黒崎さんと茶渡さんだけ。まあ、戦力的には問題ない二人ではあるのだが。
「落ち着いてるな、お前……」
「これでも動揺していますけど?」
「全然顔に出てねえぞ」
胃がひっくり返りそうなほどにめちゃくちゃ緊張しているのに。直視ができず、黒崎さんの視線から顔を逸らした。
すると、不良さんたちの間隙を縫ってこちらに向かってくる璃鎖たちが見える。二人は僕のようなドジを踏まなかったらしい。
「橙亜、大丈夫?」
「いい巻き込まれっぷりだったぞ〜!」
「……ここにいると巻き込まれますよ。どうせなら、終わるまで遠くで見ていればいいのに……」
後頭部をそっと撫でながら溜め息をつくと、唯和はべっと舌を出した。
「こんな面白いこと、関わっていかなきゃもったいないよ〜」
「危険なことは避けるべきです」
「なんならケンカに璃鎖を加勢させようか〜?」
「やめなさいやめなさい」
交ざろうとする璃鎖を止め、できるだけ黒崎さんたちの邪魔にならないように端に移動した。
不良たちをぶちのめしていく黒崎さんたちの背中を眺めながら、これからの《未来》に思いを馳せる。
こうも見事に巻き込まれてしまうと、騒がしい明日が待っていることは疑いようもなく、僕たちに心穏やかな日常が訪れることは難しいだろう。
──でも、それでも。
多くの不安と、ほんの少しのささやかな期待が入り混じる中、とりあえずはこの世界で頑張ってみようと、僕は腹を括ることにした。
「あ、そうだ」
一人、また一人とダウンしていく光景を見ていて、ふと、二人に尋ねてみたいことが思い浮かぶ。
「二人はどうして、侑子さんに『帰りたい』と言わなかったんですか? 混乱していてタイミングを逃したとか?」
僕の質問に、璃鎖と唯和は顔を見合わせた。そして、大して悩む様子もなく。
「私は橙亜たちと一緒なら別にどこにいても楽しいから」
「オレは純粋に面白そうだったから〜。これは別にオレ一人だったとしても変わらないから、アンタが気にするだけ損だぜ〜?」
本当に、この二人はぶれない。
楽天的すぎる二人の気質を、僕は怒るべきなのだろう。しかし、それを頼もしく感じてしまっているのも事実なのだった。
「では……三人で頑張りましょう」
「おー!」
「うぇ〜い」
三つの拳が合わさったのと、黒崎さんが最後の一人を伸したのは、ちょうど同じタイミングだった。