BLEACH

□1.THE DEATH AND THE STRAWBERRY
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 虚を倒した黒崎さんは、ゆっくりと倒れ込んだ。初めての力を使って疲れたのだろう。
 そんな彼に璃鎖が駆け寄っていった。

「一護! 大丈夫?」

 黒崎さんの胸の辺りを確認しながら「傷がない! 生きてるっぽい!」と一人納得している。確かに、何も《知らない》璃鎖からすれば怪我がないことに驚くか。
 微笑ましい気持ちで璃鎖を眺めていると、ルキアさんが璃鎖から僕たちへ視線を移した。

「貴様達も……見えているのか?」
「何が?」

 質問の意図がわからない璃鎖は首を傾げる。虚も死神も、一般には見ることすらできないものという認識がないのだ。
 ルキアさんは怪訝な顔だ。霊力の高い人間がこうも一箇所に集まっている現状が不可解なのだろう。この空座町は重霊地であるので特別不自然ということはないが、それをわざわざ口にするのは不自然な言い訳になりそうだ。
 ともかく、僕たちのことは「ただの一般人」とでも思ってあまり意識に留めないでほしいのだが、状況は難しそうである。
 どうしたものかと唯和と視線を合わせた。唯和も「どういう展開が面白いか」という顔で空を見上げた。面白がるな。
 すると、下駄の音が鳴った。

「おやァ? お困りみたいっスねェ、義骸でもお貸ししましょうか?」

 直前まで足音も気配も感じさせず、飄々とした様子で浦原さんが現れた。後ろには鉄裁さんが控えているのが見える。
 チラリと、浦原さんはこちらに視線を落とした。少しだけ心拍数が上がる。
 彼のことだ、僕たちの行動は霊圧の動きで把握していただろう。理由を問われたら上手く答えられる自信がない。いや、そもそも普段から奇妙な通学路を通っているのも霊圧でバレているのか。なんだか急に恥ずかしくなってきたな……。
 何を言おうか迷っていると、ピョンピョンと璃鎖がこちらにやってきた。

「浦原さん! なんでここにいるの?」
「いやァ、三人の帰りが遅いので様子を見に来てみたんスが、なにやらお困りのようだったんで……」

 璃鎖の問いかけに、浦原さんは白々しく答えた。ルキアさんが警戒するように彼を見る。
 状況を確認した浦原さんは、とりあえず朽木さんに自己紹介をして、そして義骸の話を始めた。



「お前達はあの者の世話になっていると聞いた。守りきれず、すまなかった」

 浦原さんとの話し合いを終えたルキアさんが、僕たちに向かって頭を下げる。
 鉄裁さんから治療を受けていた僕は、慌てて体を起こした。

「いえ……僕の不注意が原因ですので、お気になさらず……」
「そうだぜ〜? これはぜ〜んぶ橙亜の自業自得だから、気にすることないよ〜。初めて見た化け物にノコノコと近づくヤツが悪いに決まってるじゃ〜ん」

 唯和に額をぐぐっと押されて地面に舞い戻る。
 唯和の言葉に、ルキアさんは驚いた顔を見せた。

「虚のことは知らなかったのか?」
「ん〜? 浦原さんからは聞いてないよ〜。そもそも、ユウレイとか見えるようになったのも最近だからね〜」

 唯和は浦原さんに視線を向けた。
 黒崎家の様子を見ていた彼は、記換神機を片手に振り返る。唯和は舌を出した。

「その手の専門家なら、注意喚起の一つや二つや三つくらいはあってもよかったと思うけどなぁ〜?」
「スイマセン、そういえば言ってなかったっスねェ」

 軽い調子で浦原さんは答えた。本心から言っているのかいまいち測りかねるが、一時的に居候させているだけの他人の面倒を隅々まで見ろとは乱暴な物言いである。
 普通に生活していれば虚とはまず遭遇しないものだ。今回は僕たち自ら首を突っ込んでいったわけで、その点においても浦原さんに非はまったくない。これは唯和が悪いと制服の裾を引っ張って主張した。

「ま、終わった話をグチグチ言ってても不毛だね〜」
「あなたが言ってるんですけどね」
「もっと生産的な会話をすべき、ってなわけで〜! オレは蜜江唯和! この寝てるバカが鐘威橙亜で〜、後ろにいるのが白坂璃鎖。はい、自己紹介プリ〜ズ?」

 僕の額を弾き、反対の手で璃鎖を指した唯和は、今日一の笑顔を浮かべてルキアさんを見た。
 押しの強い唯和に対してルキアさんはたじろいだが、おずおずと口を開く。

「私は朽木ルキア、死神だ」

 想像通りの自己紹介に安堵の息すら出てしまいそうだった。唯和もたまらずといったように笑みをこぼす。
 しかし、その言葉に驚いたのは璃鎖だ。

「えっ、死神って……神様なの!?」

 みんなの視線が声を上げた璃鎖に集まった。なんと新鮮な反応だ。
 確かに、初めて聞いたのならそちらのリアクションのほうが正しいか。こんな些細なことで《未来の知識》があるとバレてしまってはしゃれにならない。次からは意識しよう。
 混乱している璃鎖に、ルキアさんは「死神というのはだな……」と丁寧に説明を始めた。この調子で虚関係の話をあらかじめ聞いておけば今後、さらに動きやすくなるかもしれないな。

 いつまでも道端で寝ているわけにはいかないので、後処理を終わらせた浦原さんたちに連れられ、浦原商店へと戻った。
 せっかくならとルキアさんも僕たちの部屋に泊まることになり、彼女の話に耳を傾けつつ、夜は更けていったのだった。



 翌朝、鉄裁さんの鬼道のおかげですっかり完治した僕は、鏡に映る真新しい制服を見下ろした。
 浦原さんが用意してくれたようで、昨夜ボロボロになってしまった制服とはおさらばである。あぁ、この制服代も浦原商店を手伝って稼がなければ。

 朝食を済ませた僕たちは、ルキアさんを伴って空座高校に向かう。黒崎さんの家には寄らない。寄れるはずもない。
 ルキアさんとは職員室の前で別れ、自分たちの教室へ。クラスメイトに挨拶しながら自分の席に到着した。
 僕の席は窓際の一番後ろ、いわゆる主人公席だ。右隣が璃鎖で、さらに隣が唯和である。まさか席替えにまで浦原さんが手を加えたということはないだろうが、彼ならできそうと思えてしまうことが恐ろしい。

 予鈴が鳴ると、担任の越智先生が教室に入ってきた。転校生を紹介するとの言葉に教室内は騒がしくなる。
 昨夜とは打って変わった見事なミス猫かぶりで自己紹介をしてみせたルキアさんに、教室中が沸き立った。男子も女子も彼女に興味津々である。

 そんな浮足立った空気が少しだけ落ち着いてきた午前10時43分。二限の授業が終わり、休憩時間に入った。
 次の授業の教科書を取り出し、伸びをする。教室を見回すと、窓際でぼーっとしている井上さんに有沢さんが声をかけていた。黒崎さんが登校してこないことを心配しているようだ。

「今日休みかもしんないよ、一護」

 二人の会話に小島さんが交ざっていく。彼は黒崎さんといつも一緒に登校しているのだ。
 そんな小島さんの背後には唯和がくっついている。有沢さんと井上さんの視線も自然とそちらに向かった。

「そういや、唯和たちもよく一緒に登校してるわよね?」
「今日は別だったけどね〜。あぁ〜、かわいいかわいい水色たんを朝から目に収めていたかったぜ〜!」
「はいはい」

 唯和の大げさなアピールを小島さんは慣れた様子で受け流した。井上さんは笑顔のままで、有沢さんは眉間にしわを寄せる。

「アンタ……なんでそんなに小島のこと気に入ってんの?」
「外面がかわいいから〜」
「あぁ……性格は二の次なのね」
「えー、心外だなぁ」
「お〜っと、それより今は一護の話じゃなかったっけ〜?」

 有沢さんと小島さんの視線が刺さった唯和はわざとらしく話を切り上げた。遊んでいるのが丸わかりだが、二人は素直に話を戻し、黒崎さんの家に起きた事件の話題になる。浦原さんの記憶置換により、虚に襲われた事件はトラックが突っ込んだ事故に変わっていた。
 ショッキングな話を聞いた有沢さんは声を荒らげる。そんな彼女の頭に向かって、ボスっと鞄が飛んできた。

「ウチの連中は全員無キズだ、残念だったな」

 そう答えたのは、ようやく登校してきた黒崎さんだ。有沢さんの頭から鞄を回収し、井上さんに挨拶を返す。
 そして、まっすぐ僕の机までやってきた。

「鐘威、昨日の怪我は大丈夫か?」

 他の人には聞こえないくらいの声で尋ねられる。心の奥が軋んだような気がした。

「見ての通り、無傷ですよ」

 ──あなたの家族と同じ、治してもらったからもう怪我はない。
 自分で言っておきながら、彼の目を見られず視線を落とした。
 一体どの口が言っているのか。理不尽に巻き込まれた被害者と、不純な動機で闖入した部外者を並べて自己正当化を図るつもりか。浅ましくて自嘲したくなる。

「……そうか」

 僕の返答に満足した様子の黒崎さんは自分の席に着いた。
 しかし、隣の席に座っているルキアさんに気づいた彼は、真っ青な顔で彼女を引きずって教室を飛び出していってしまった。《このあと》に虚退治も控えているため、しばらくは戻ってこられないだろう。

 ──そういえば、彼の魂が抜けた体はそのまま放置されるんだっけ。

 授業が始まり、板書された文字をノートに書き写しながらそんなことを考える。

「…………」

 どうせなら、中身の彼が戻るまでそばにいて、人避けにでもなってこようか。
 内申点は惜しいが、一度くらいならテストで挽回できるだろう。困るとしても、進路を決める分岐点に立つ未来の僕だけだし、そもそも《この世界》で進路を考える必要があるのかも疑問だが。
 授業内容はあとで国枝さん辺りに聞けばいい。石田さんは……まだ近寄りがたい雰囲気があるのでやめておこう。

 唯和に一言伝え、体調不良という理由で教室を出た。まあ、昨日の疲労感がまったく残っていない、と言えば嘘にはなるので、あまり気後れはしなかった。
 静かな廊下を歩いて校舎を出る。ひとけのない場所を歩いていけば、そのうち地面に倒れている黒崎さんの体を見つけた。
 とりあえず彼の体を起こし、校舎の壁際まで引きずった。汚れた部分を払い落とし、壁に寄りかからせる。
 僕はその隣に腰を下ろした。空を見上げると、勝手に昨夜の出来事が反芻される。

 幽霊の少女を助けるという目的は達成された。その点に関しては素直に喜べる。あとで黒崎さんに魂葬してもらうところを見届けよう。
 問題は、これからどうしていくかということだ。どうやって戦う力を──助けるための力を身につけよう。虚までなら浦原商店のグッズでも時間稼ぎくらいはできるだろうが、対症療法にしかならないだろう。
 ルキアさんに張りついて、「崩玉」の力で井上さんや茶渡さんのような完現術(フルブリング)の発現に期待してみるか? いや、そんな打算では発現しないだろう。第一、あれは「対象が元来それを成し得る力を有して」いなければならないはずだ。

 ──まあ、()の言葉をどこまで信じていいのかはわからないけれど。

 あとは、今後は迂闊に怪我をしないように気をつけなければな。動けなくなっては助けられるものも助けられないし。

「──おや」

 視界の端で影が動いた。虚退治を終えた黒崎さんたちが帰ってきたようだ。
 立ち上がってスカートの裾を払う。黒崎さんたちも僕の存在に気づいたようで、驚いた表情で駆け寄ってきた。

「鐘威? どうしたんだよ」
「昨夜の謝罪をしておきたくて」
「あ? なんでだよ?」

 眉間のしわを深くする黒崎さんの正面に立ち、頭を下げる。黒崎さんがたじろいだ気配がしたが、ルキアさんは少し離れた場所で黙って見守ってくれた。

「謝って済む話ではないですが、それでも、申し訳ありませんでした。僕が虚を引き連れてあなたの家に向かい、あなたの家族を危険にさらして──」
「──!? いや、待て待て! お前が悪いわけじゃねェだろ……!」

 肩を掴まれ、顔を上げる。ブラウンの瞳と視線が合った。

「いいえ、昨夜のことは本当に(・・・)僕のせいです。謝罪するのは当然ですよ」
「鐘威だって被害者だろ。お前が悪いわけじゃねェって」

 ──いいや、明確に加害者だよ。僕は。

 しかし、素直にそれを口にしてはこの場が収まらないだろう。こちらがもやもやとした罪悪感を抱えて終わりにすべきだ。一方的な謝罪など、結局はただの自己満足である。
 話を変えるため、死覇装を身に纏う彼の姿を改めて見回した。

「大変だとは思いますが、副業(・・)、頑張ってくださいね」
「知ってたのか? 死神のこと」
「昨日、あなたが倒れたあとにルキアさんから聞きましたよ」
「あぁ、特に璃鎖と唯和がはしゃいでな。ついつい興が乗ってしまって、今朝は寝坊しかけていたぞ」
「何やってんだ……」

 したり顔のルキアさんも交ざってきた。今朝のドタバタっぷりが思い出される。
 黒崎さんは呆れた様子で僕を見下ろした。だが、少しだけ目を見開いて、言う。

「なんか、楽しそうだな」
「そうですか?」
「私には変わらぬように見えるが?」

 思わず、ルキアさんと顔を見合わせる。見間違いではなかろうか。僕の無表情は筋金入りだぞ。

「……そうだな。やっぱ気のせいか」

 息を吐き出した黒崎さんは伸びをして、自分の体に戻っていった。
 振り返り際、なんだか口角が上がっていたように見えて、僕は首を傾げたのだった。

 
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