BLEACH

□1.THE DEATH AND THE STRAWBERRY
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「あの子を助けたいのですが、これはあくまでも僕のわがままなので、二人は先に帰ってもらってよろしいですか?」
「「却下」」
「あれぇ?」

 二人を巻き込むわけにはいかないと事情を話して単独行動を取ろうとしたが、いきなり出鼻を挫かれてしまった。
 即答した璃鎖と唯和の表情はどこか呆れているように見える。少し離れた場所では、女の子が不思議そうにこちらを窺っていた。

「あの……却下と言われましても、本当に危険なことなので……」
「じゃあなおさら橙亜一人にできないよ!」
「そうだそうだ〜! そんな面白そうなことを独り占めなんてズルいぞ〜、この欲深め〜」

 二人は事の深刻さをわかっていない。これは《この世界》を否定するにも等しい反逆行為である。
 そう思ってさらに詳しく説明したが、二人の視線はどんどんと冷めていくばかりであった。僕は顔を覆う。

「どうしてそう物わかりが悪いんですか……」
「おまいう」
「私たちが手伝ったほうが一人よりきっとうまくいくと思うよ?」
「そ・も・そ・も〜、『三人で頑張りましょう』って言ったのは橙亜だよなぁ〜?」
「…………」

 確かに、言った。入学式の日に僕が言った言葉だ。
 言い返せなくなり、唯和は勝ち誇った顔で腰に手を当てる。

「で、《介入》するとして、どうすんの〜? ルキア連れてきて魂葬してもらう〜?」
「さすがにそれは軽率すぎますね……僕たちに《未来の知識》があることは言い触らすべきではないと思いますし」

 浦原さんに事情を話して手伝ってもらう? ──いや、ただでさえ迷惑をかけているのにこれ以上は駄目だ。
 それにたぶん、僕がやろうとしていることは彼の思想とは反する気がする。浦原さんは間違いなく善側の人だが、敵に対して容赦はしないだろう。なんなら僕たちが不穏分子だと判断されそうだ。それは困る。

「正直、誰に頼るのも不安が大きいです。僕たちの中だけで留めたほうが事態をコントロールしやすいと思いますね」
「同意〜。オレたちのアドバンテージは《未来》を知っていること。しかし〜、裏を返せば『それしかない』。言い触らして未来がオレたちの《知識》からズレれば、一番損なのはオレたちだもんね〜?」
「私は何も知らないけど?」
「璃鎖はそれでいいよ〜。アンタは頭使わないほうが思いっきり動けるんだから、話が終わるまであの子と戯れてれば〜?」

 唯和の言葉に「わかった!」と同意して、璃鎖は幽霊の女の子に駆け寄っていった。今の言い回しに悪意を欠片も感じていないところが少しだけ羨ましくなる。
 僕は腕を組み、唯和の隣に並んだ。

「で、僕たち三人で本当にできると思います?」
「あの女の子を『虚に喰わせない』だけなら可能かにゃ〜? 考慮すべきは、橙亜がどこまで(・・・・)助けたいと思っているかだと思うけれど〜?」
「どこまで、とは?」
「文字通りだよ〜。どの範囲まで、どの人間、もしくは種族まで〜? そして、善悪の区別は? 罪のあるなしは? 死を求めるヤツを生かすことは正しい? 生きる希望のないヤツを無意味に延命させることは正義? 助けることで不幸になるヤツだって当然いるよね〜? そもそも、『助ける』の定義とは?」

 ぐるりと顔を覗き込まれた。唯和の顔には貼りつけたような不愉快な笑みが浮かんでいる。

「『助ける』って言葉は、立場が上の存在から出るものじゃな〜い? 力も強さもないのに気持ちだけがご立派とか! 最高の見世物だと思うぜ〜?」

 そんなことはない。煽ってこちらを怒らせたいだけだ。唯和の皮肉は相変わらず極端で攻撃的である。

 ──でも、確かに……言葉が違ったな。

 普段と同じふざけた調子のままだが、これは覚悟の程を問われている。だから、臆することなく唯和の目を見つめ直した。
 ここで怯めば、きっと唯和は僕を手伝ってはくれない。

「では、言い直します。僕は『誰も死なせたくありません』。誰の命も取りこぼしたくないです」
「誰もって?」
全員(・・)です。人間も、(プラス)も、死神も、破面(アランカル)も、完現術者(フルブリンガー)も、滅却師(クインシー)も、みんな」
「おやぁ〜? 虚さんだけ仲間外れですかぁ〜? 破面は助けたいのに〜? 差別〜?」
「虚は魂魄を食べますし、基本的に話は通じません。けれど、破面は話が通じる人もいますし、魂魄以外の食事も一応可能です。逆に、虚も大虚(メノス・グランデ)以上なら食べるのは同族ですから、意思疎通に問題ないなら破面と同じくくりでいいのではないでしょうか」
「破面や滅却師は人間やそれを守る死神にたくさんの犠牲を出していると思うけれど〜?」
「『人殺し』なら問答無用で死んでもいいなんて、僕は認めたくありません」

 そう言うと、唯和は目を伏せて嫌そうに笑った。それは同意と取るぞ。

「そもそも僕たちには人様の罪を判じる権利も、知識もありません。それはしかるべき機関が行うものです。善悪に関しても同様です」
「じゃあ、相手が死にたがっていたら〜?」
「知りません。僕が(・・)見たくないのです。とりあえず助けて、そのあとで考えましょう」
「おっ、言ったな〜?」

 唯和はケラケラと笑う。「約束を違えたら一生嘲笑ってやろう」という心意気を感じるが、彼女なりのエールと受け取っておこう。
 赤の他人でも、目に見えない手の届かない遠くの人でも、「死ぬとわかっている人」は誰も死なせない。どこまででも駆けつけて、この身を捨てても助ける。
 それが、僕の覚悟だ。

「……まあ、何の力もない無力な一般人である現状、唯和が言う通りの『力も強さもないのに気持ちだけがご立派な最高の見世物』なわけですけど……」
「力がないなら手に入れればいいだけの話だよ〜」
「簡単に言いますね……」
「力がないことを嘆いているヒマがあるなら、力をつける努力をすべきだと思いまぁ〜す。泣き言なんざ誰でも言えるもんね〜」

 ベッと、唯和は吐き捨てるように舌を出す。しかし、やることはまったくその通りだ。
 霊力に関してはこの世界に来てから確実に強くなっている。浦原さんに頼んだら僕でも扱えるような武器を、もしかしたら作ってくれるかもしれない。初手から他力本願なのは不甲斐ないが……。

「ま、オレたちには橙亜がいるから、何もないこたぁないけどね〜」
「僕、なんなら三人の中でも一番非力だと思いますが?」
「何言ってんの〜? その記憶力(・・・)があるでしょ〜?」

 ツンツンと頭をつつかれる。確かに、僕の唯一の取り柄といえば「記憶力の高さ」だが。

「この先の《展開》を隅々まで、《セリフ》も《状況》も一言一句、事細かに記憶している、いられる(・・・・)。オレらみたいに不確かな記憶じゃな〜い。もはや『正確な情報』と大差がない。でしょ?」
「まあ……否定はしませんが、ちょっと持ち上げすぎでは?」
「事実だろ。頭の中に本がそのまま入ってるようなモンじゃ〜ん? それは立派な『オレたちの武器』、上手く使えれば武力いらずで相手をコントロールできる。情報って、そういうものよ〜?」
「それ、危険視されて真っ先に消されませんか?」
「だから出しどころは見極めようって話だぜ〜? ま、取り引きに使わなくても武器としてはとにかく有用だよ〜。『どこで誰がどうやって死ぬか』、最初からわかっているなら強さが足りなくても助けられる方法を今から考えられるもんね〜」

 あらかじめ期限が決まっていて、目標を明確に定められるのは利点か。間に合いそうにない場合の絶望感は想像したくないが、唯和の言葉が間違っているわけではない。
 視野が広いところは唯和の数少ない長所だ。僕だけでは延々と考え込んで結局駄目になっていたような気がする。本当にありがたい。

「……ところでこの場合、大事になってくるのは『いかに僕たちが持つ《知識》から《未来》が外れないようにするか』だと思うんですけど、そこのところはどう思ってらっしゃるんですか? 事態をしっちゃかめっちゃかに引っかき回したい唯和さん?」
「ん〜〜、唯和ちゃんここへ来て痛恨のプレミかぁ〜? いや、まだ大した影響はないね。ていうか、軌道修正ができるのもまたオレたちだけだからね〜?」

 唯和は明後日の方向を見ながら伸びをした。まあ、反省する気持ちがあるだけマシかな。
 ともかく、方針は決まった。決まったのならあとは動くだけである。

「ま、今後のことはひとまず置いて、《今日》をどうやって乗りきるかってのが本題じゃろ〜?」
「そうですね。あの子をこの場所から移動させられるならそれが一番ですけど……」

 女の子に視線を向けると、璃鎖がこちらを振り返った。

「──何か来る! かも!」

 もしや、虚か。長く話し込みすぎたな。
 焦る気持ちを抑えて周囲を見回すが、それらしい影は見えない。すっかり暗くなった住宅街には明かりが灯っていた。
 不思議そうにしている女の子を中心に、三人で背中合わせの形に囲んで辺りを警戒する。

「何〜? 璃鎖は虚の霊圧がわかるの〜?」
「れい……? なんかぞわってした」
「霊圧知覚と言うよりも野生の勘のほうが正しそうですね」

 すると、遠くからズシン、ズシンという重い音が聞こえてきた。
 何かが迫る感覚とともに、全身に寒気が走る。ゴクリと唾を呑んだ。
 不気味なほど静かな住宅街にあって、その音は徐々に大きくなる。近づくたびに魂が軋むような、初めての感覚だった。

「────!」

 すぐそばの建物の陰で何かが動いた。そして、ずっとずっと大きなモノが眼前に現れる。
 女の子は悲鳴を上げた。僕たちは声も出せない。
 顔を覆う白い仮面、胸に空いた孔。あれが、そうなのか。
 間違いなく《記憶》の通りの魚面の虚が、うつろな目で僕たちを見た。心臓が大きく音を立てる。

「で〜? 考えはあるの〜? 橙亜〜」

 さすがの唯和も焦りがあるのか、声にふざけた様子が少なかった。璃鎖は威嚇するように体勢を低くして、震える女の子を庇っている。
 僕も呆然としている場合ではない。引きつりそうな喉から無理やり声を押し出した。

「……虚はより霊的濃度の高い魂を狙うことは知っていますね?」
「あっ、察した〜」

 話が早い唯和に対し、璃鎖は首を傾げる。

「つまり、どうするの?」
「霊的濃度の高い魂とは、すなわち幽霊が見える僕たちのような魂のことです。そんな人間がここに三人もいるんですよ?」
「……あのホロウってやつは女の子よりも私たちを狙うってこと?」
「よくできました」

 言うが早いか、虚がこちらに向けて腕を伸ばしてきた。震えそうになる足に力を入れ、一歩踏み出す。

「虚の注意を僕たち三人で引きましょう!」
「じゃあ、私が誘き寄せるね!」

 そう言うと、璃鎖は虚に向かって走り出した。正面から迫る虚の手を軽々と避け、路地を迂回して虚をここから引き離していく。
 その様子に、唯和は感嘆の声を上げた。

「璃鎖の身体能力は相変わらずすっごいね〜、さすが山育ち〜!」
「何をのんきに感心してるんですか、追いますよ!」

 虚は女の子から離れた。あとは僕たちを追ってきてくれれば、そのまま黒崎家に逃げ込んで元の《流れ》に戻るだろうか。
 今から別の作戦を立てる時間もなければ実行する暇もない。このままやるしかない。
 璃鎖と合流し、ジグザグと小道を駆け回った。直線距離では追いつかれてしまうので、障害物などを駆使して時間を稼ぐ。
 休めばほぼ即死の状況ゆえ、ほとんど全力疾走で走り続けていた。とっくに僕の息は上がっているし、脇腹も痛い。日頃からあまり運動をするタイプではないのが仇になった。
 隣を走る唯和も疲れはあるがまだそれなりに走れそうだ。璃鎖にいたっては笑顔すら見える。なんなら僕の背中を押してくれる余裕まであった。なんてことだ。

 ──ここを生き残れたら、筋トレを始めよう……!

 そう固く決意をしていると、唯和が横目で話しかけてきた。

「このまま黒崎家にヤツを連れていくわけだけど〜」
「はい」
「橙亜ちゃんは一家が襲われるのを黙って見ていられるのかなぁ〜? 彼らは別に死なないよねぇ〜?」

 走っているときくらい、その喋り方はやめればいいのに。
 そんな言葉が脳内を過るくらいには疲労がピークに達していた。

「命の、危険があるとわかっていてみすみす見逃せますか?」
「過・保・護〜」
「でも、意識があっては黒崎さんの死神化に支障がありそうですね。では、あなたが三人を気絶させてくださいね、唯和」
「はぁ〜!?」

 普段の人をおちょくるものではない、素に近い低めの絶叫だった。

「オマエそれむちゃくちゃ言ってるからな〜!?」
「何ですか? あなた、柔道空手合気道その他もろもろの有段者でしたよね? できないんですか?」
「コイツ、考えるのも疲れて投げやりになってきやがったな!? 双子ちゃんズはまだしも、父親のほうは無理ゲーだろ!」

 投げやりではない。唯和への信頼である。
 まあ、日頃の憂さ晴らしもないではないけれど。

「僕にあれだけさんざん強い言葉を吐いたのです。『やらない』、とはおっしゃいませんよね?」

 横目で見た唯和はわずかに目元をヒクつかせ、口元を大きく歪めた。

「フン……やってやろうじゃねーかよ〜、あとで後悔すんなよな〜!」
「橙亜は唯和の説得がうまいね」
「いつもこんな調子なら楽なんですけどね」

 体中に残る体力という体力を絞り出し、僕たちはひたすらに走る。走る。走る。
 黒崎一家の記憶は浦原さんが上手いこと置換してくれると勝手に期待して、気づけば眼前に黒崎家が見えてきていた。

 
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