疾紅

□閑話
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「なぁ、何でアイツはあんなに馬鹿野郎なんだろうな」

「さぁ…、私にも分かりませんよ…」


呆れたように紅蘭を見つめるふたりは、名医の夜涼とその娘のお雪。
手で乾燥させた薬草をすり潰しながら、外の紅蘭を見ていた。お雪はそれを一瞥しつつ、樹のお玉で今日の汁物を作っていた。

外の方で薪切りをしながら、顎に伝っていく汗を手拭いで拭う。
そしてまた次の薪を斬っていく紅蘭。

最近では日常化してきた光景だ。






「でもさ…何でなの」






紅蘭本人はすがすがしい笑顔で汗をにじませながら木を投げては斬って投げては斬って…を繰り返している。
…本人はいたって真面目に斬っているが。





『辻風!』




片手の刀を構えびゅうっとまた突風が吹く。
すると既に樹が薪へと変貌する。
まるで南蛮でいう「まじっく」や「奇術」の様に、面白いほどに代わる姿はいつも見ても不思議な光景だ。






「紅蘭…折角斧の使い方を教えたのに、使った瞬間に壊すってどんな握力してんだよ。」

「……まぁ…、顔だけじゃなくて体も馬鹿そのものだったんですね紅蘭は」

「……お雪、紅蘭にそれ言うなよ。お父さん紅蘭に同情しちゃうよ」

「あら、今更父親面されてもおせぇよ」

「…………。(言葉遣い母さんに似てきたな…お雪)」





お雪の毒舌発言を少し無視しながら、手元の薬鉢に細かくなった薬草をさらに分解して、他の薬草と混ぜる。この二つの薬草を混ぜることでさらに強力な熱さましができる。
夜涼は最近また伸び始めた無精髭を撫でながら、紅蘭を見ていた。




「…しっかし、紅蘭はなんであんな剣術使えるんだろうなァ…」

「おとっつあん?」

「戦用の剣術とかとはまた違った剣術…、いうなれば少し謙信様に似通ったところもあるが…、ずいぶんと荒削りで剣術というよりは」




紅蘭の剣はまるで、剣舞のようだ

戦うというより魅せる戦い方。
荒削りでまだまだ未熟、さらに言えば流派がはっきり定まっていないのか、出す技がてんでバラバラな動きをするのだ。

しかし、これだけは素人目でも分かるほどはっきり見えるのだ。
紅蘭は先ほどの技を出した際も、半歩、あるいは半尺位しか動いていないのだ。そして剣道を含めた武道で必要なすり足が完ぺきなのだ。
すり足といってもただのすり足じゃない。…音が無音に近いのだ。
そして荒々しくも穏やか、まるで風のような一つ一つの技は洗練されている。

更に付け加えて言うならば、荒々しいところを抜けば謙信様のソレと変わらぬ速度を持つ。
抜刀の瞬間が見えない事がときたまあるのだ。

夜凉は腐っても医者だが、有事の際には剣術が使えるようにしていた為にある程度見る目はある。

紅蘭の剣術は不思議だ
魅せる剣かと思いきや、荒々しい剣にもなる――こんな剣は初めて見た。


――まるで風のようなのだ。


あの強さなら戦に出たとしても、武将に匹敵するだろう。
そう考えていた時、お雪がポツリと独り言に近い呟きを溢した。普通なら聞き逃してしまいそうな蚊の鳴く様な声を




「…紅蘭さんって…剣を振るっているとき、たまに悲しそうに笑うんですよね……」




そうだ、紅蘭はたしか未来とかいたりあとかっつう異国から来たんだよな。
いつもは周りでまるで太陽のように笑っているアイツも本当に時々だが、雲に陰ってしまうのだ

無理もない、アイツも人の子だ。
どんなに破天荒な事をしても、
どんなに謙信様と友人になろうと、
どんなにアイツが強くても、

胸の内に隠れるその心根は――紅蘭そのものだ




「まだ…オレらにいえねぇ事があるんだろうな」

「…でも、いつかは…話してほしいですね」

だって寂しいですもん、頼られないのって。




紅蘭さんは「お雪ちゃんにできないと事は俺が手伝ってやるよ」「頼っていいよ」って私を甘やかす
そのたびにわたしは少しつらくなってしまう。


――だったら紅蘭さんは…誰に頼るんですか


疑問は言葉にはならない






『ぉし!!』


刀で空を斬ってから鞘に入れた紅蘭さんは、やっぱりどこかさびしげだった




「お雪」

「おとっつあん」

「紅蘭が考えてる事なんて知らん。だが、


俺等が紅蘭の帰る場所の一つになれば、俺は嬉しい」


「…!そうだね」




いつか、その寂しさを教えてくれるときが来るまで

そして――いつか来る最後の日まで




「…親父のくせに、良い事言ってんじゃねぇよっ…」

「Σぉおおい!!泣き顔でそれ言われても何していいかおとっつあん分かんないよ!?」

『一休み〜っと、ん?オッサン何お雪ちゃん泣かしてんだよ』

「紅蘭!?不可抗力!コレ不可抗力!!なんで刀構えてんの!?」

『…女の子泣かす奴はみんな悪い奴だ』

「ぉおぃぃいいい!!おまえはどこの国の色男だぁぁぁあああ!!!!」








(そうやってまた俺等はふざけ合う)
(何かを気負う彼女は似合わない)
(笑顔が似合う彼女のままでいてほしい)

(こうして俺等は彼女を甘やかすんだ)





=あとがき=====
戻りたいけど戻れない主人公のひそかな苦悩を書いてみた。
帰りたいけど帰れない、まるでとある単価のようだと思ったのは私の勘違いでしょうか


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