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□愛しい声
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―――恭弥。
何処からか聞こえるのだろう。
―――恭弥。
怒っているような口調。
だけどその発せられる声には柔らかさも混じっているようにも感じられる。
――恭弥。
また名前を呼ばれる。
その声に呼ばれるのはくすぐったい。
だけど嫌いじゃない。
低くて、心地よい。
色んな感情を含んだそんな声。
仕方なさそうで、だけど楽しそうで。
悪戯っぽくて、だけど淋しそうで。
なぜか愛しさが込み上げるそんな声。
(僕を呼んでるのはーーー)
誰が僕を呼んでるの?
バッタン!
ドアが乱暴に開かれる音がしてうすらと目をあける。
「よぉ、こんなとこで昼寝とはいい身分だな風紀委員長サマ?」
まだ眠気の方が勝っていて、相手の憎まれ口が耳に入らない。声のするほうを見ると銀色の髪・・・あぁ、あのこだった。
頭がボーっとする。ただ眠くて眠くて仕方が無かった。
「その・・・、まじで寝てると・・・思わなくて」
小さくて声が聴こえない。
でもさっきまでの態度と違いしおらしさが見えた。
「君・・・サボりかい?」
「一緒に寝るかい?」
何でそんな事言ったのか解らない。ただ眠かったからもう邪魔して欲しくないだけ。
「まぁ、君の好きにしなよ」
戸惑っている彼を無視しまた目を瞑ると足音が聞こえた。
あぁ、来たのか
少し離れたのか気配が少し遠い。
視線を感じるでも心地よい。そんな空気。
そして僕は眠りにおちた。
―――恭弥。
さっきの声が、また聞こえてくる。
誰だか知りたいけどまだ睡魔の方が勝っている。
眠たい、寝ていたい。
頭になにかが触れてくる。それはあたたかくて、優しくて、懐かしい。
僕の髪を弄るそれ、嫌いじゃない。
むしろ心地よくてもっと触ってて欲しい。
そんな望みを込めてあたたかい気配がするほうへ擦り寄った。
その声は笑いを含ませて、髪を優しくなでていく。
―――恭弥。
そして僕の頬に何かが触れた。
――いい加減・・・起きろよな
――瞼を開いた。
視界に入るは髪をなでている白くて綺麗な手。上を見上げると予想通り微笑む僕の愛しい人。
「たく、お前の低血圧ぶりには呆れるぜ…」
そう、困ったように笑っている銀色の――
「・・・おはよう、隼人」
愛しい僕の恋人。
「たく、早く支度しろよ・・・遅刻すんぞ」
僕はあくびを一つし朝ごはんを作っている隼人をボーっと見る。隼人が鍋を開けると、味噌汁の匂いが鼻腔をくすぐる
ボーっと隼人を見ていると視線に気付いたのかこっちに振り返り呆れたように息を吐く。
「おい、ちゃんと目覚ませよ・・・」
「隼人・・・」
手招きをすると隼人は仕方ないという表情で僕を見てこっちに近づいてくる。手を引くと隼人は素直に僕の腕の中に引き込まれる。
抵抗しない事をいいことに僕は軽く口付けした。
「夢・・・見たよ」
「なんの?」
「君に起こされる夢」
「てめぇ・・・まだ寝ぼけてんのか」
とっとと顔洗って来い、といって僕から離れて台所へ行ってしまった。
夢だよ。だって今よりもっと幼い顔をしてたしね、今度は僕が立ち上がり隼人を後ろから抱きしめる。抵抗しないでそのまま朝食を作り続けている君がおかしくて思わず笑みが零れる
「・・・なんなんだてめぇは」
「君も・・・素直になったなーっと思ってね」
はぁ?と隼人は不思議そうな顔で見る。
「いつものことじゃねぇか?」
そういう彼におかしさが込み上げる。
君がこうなるのにはけっこうな時間がかかったよ。あの時の君だったらきっと顔を真っ赤にさせて離せ、とか言って暴れるんだろな。
僕は隼人の耳で低くなるべく甘さを含んだ声色で囁いてみる。
「隼人・・・」
彼の顔が赤くなる。
「好きだよ」
隼人はくるっと後ろを振り向き真っ赤な顔で僕を見上げる。そして僕の首に腕を絡める。
「・・・俺も、好きだ」
そしてもう一回キスをする。
「恭弥・・・・」
10年経ってさらに愛しさが込み上げる。
そしてどんどん僕を溺れさせていく。
そんな声、
僕の愛しい隼人の声ーーーー。
END