一万HIT小説

□いらっしゃい
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※高校3年生、部活引退後の設定
 


 
 


 
ゆっくりと一人、ボードを使用しての試合の振り返りをしていると、不意にソファーが自分以外の体重のせいで沈んだ。
次いで訪れた左肩にかかる重みが自分以外の存在を確かなものにした。
視線はボードから外さずに来たのか、と声をかけた。







「来たのか、とは随分な言い様だな。お帰りくらいないのか?」
「ここはお前の家じゃないからな。強いて言うならいらっしゃい、だ」








そうだろ?と確認するために漸く隣にいる人物に目を向ける。
そうすれば隣にいる人物、豪炎寺はそれもそうだなと俺の意見に同意し、ニッと薄く笑った。
もうそんなに時間が過ぎたのかと時計を確認するとやはりそこまで時は経っておらず、午後1時を回った所だった。






「今日は小学生にサッカーを教えるんじゃなかったのか」
「お昼までだったんだ。最近は熱中症対策やら長時間の屋外スポーツは生徒虐待になるやらで1日通しての活動は制限されているらしいからな」






やれやれ、と肩をすくめる豪炎寺にそっだったのか、と苦笑を返した。
ふと少し前に世間を騒がせた教師の虐待が原因で自殺した生徒の話題や、炎天下でなくても熱中症は起こり得る、という話題を熱く語っていたテレビのニュースキャスターの姿を思い出した。






「昔と今は違うということか」
「なんだか歳を取ったみたいだな」






ボードを机に置いた俺は、まるで老人であるかのように年老いたと語る豪炎寺にそのようだ、と返した。

暫しの沈黙の後、そうだ、と前置きした豪炎寺はさり気なさを装いながら俺の脇腹にスルリと手を回して身体を密着させた。
俺はそれに気が付かないフリをして言葉の続きを促した。




「来週の土曜には雷門へ円堂と行く予定になっているんだが鬼道はどうする」
「ほぅ」






それは素敵なお誘いだ。
口元が吊り上がったのが自分でも分かった。
大学進学を目指す者なのにここまで余裕をこいていても良いのだろうか、なんで野暮な事を発する人は此処にはいなかった。






「勿論ついて行こう。体が鈍ってきたからな」
「決まりだな。お前ならそう言うと思った」





にやっとした豪炎寺は来たるべき返答だとも言うように鷹揚に頷き来週が楽しみだと笑った。





こうやって無邪気に会ったり遊べたりすることが年齢と共に減っていき、変わりに恋人としての交わりが増えた。
最初こそ戸惑ったものの、一度一線を越えてしまうとあとは坂道を転がるボールの様に豪炎寺へと堕ちていった。
全く、恋とは恐ろしい。







「…ぅ、鬼道!!」
「!!、すまん、ぼーっとしてた。なんだ?」







気付かない内に意識を遠くに追いやっていたらしい。
目の前で手をひらひらさせている豪炎寺に謝ると、大丈夫だ、と頭をポンポンと撫でられた。
で、なんだ?と再び用件を尋ねるとあぁ、と居住まいを正した。






「だから、いらっしゃいのキスはないのかと聞いたんだ」
「!!」







突然の物言いに本当に意識を手放しそうになった。
薄く微笑み、どうだ?と目で問うてくる豪炎寺にカァァと自分の頬が朱を差した。






「〜〜〜〜〜っ!!」
「してくれないのか?」
「くっ…そういう言い方は卑怯だ」







付き合って少ししたころから分かった事がある。
俺は豪炎寺にすこぶる弱い。
そのようにお願いされれば、俺は断る術を持ち合わせてはいない。







「い、いらっしゃい…」






俺から仕掛けたフレンチキスは、豪炎寺によって深いものに変わっていった。





END
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