〜縁〜

□闇の物語
1ページ/4ページ

 深い森の中、一人の子供が歩いている。着ている物は簡素だが、よくよく見ると上質な布地で仕立てられており、身分が高いと判る。紅く長い髪に色の白い小さな顔…だが、その幼い顔に表情は無い。可愛らしい顔と相まって、正に[人形]の様だった…


どれ程歩いたか…子供は木々に抱かれた大きな岩の前で足を止めると、僅かに首を傾げ、そっと岩肌にふれる。すると其処に格子に封じられた洞が現れた。
「誰かいるの?」
ゆらりと闇が動いた。
「…誰だ?」
擦れた声…辛うじて男なのは分かる。だが、洞の中は暗く、姿は見えない。
「呼んだのは貴方?」
「…呼ぶ?」
「そう。此処から出してくれって…そう聞こえたから来た。…違うのか?」
「…此処から出せ…」
男は格子に詰め寄る。闇の中に一対の眼が光った
「何故其処に?」
「知らん。とにかく出せ」
「じゃあ…私と遊んでくれる?」
子供はじっと男の眼を見つめる。
「分かった。遊んでやるから此処から出せ」

子供は、頷くと格子に手を伸ばす。触れた所から淡い光が溢れ、やがて格子全体が輝く。すると格子は消滅し、闇から男が姿を表す。男は異形の姿をしていた。男は、にやりと笑うと子供の首に手を伸ばした。

「有難うよ。お嬢ちゃん」
「違う。私はお嬢ちゃんでも坊っちゃんでも無い」
子供は怯えた様子も無く、相変わらず無表情で男を見つめ続ける。
「…どういう事だ?」
男は訝しげに子供を覗き込む。
「男でも女でも無い。皆は私を化け物と言う」
男は子供の首から手を離した。
「…じゃあ…何と呼べば良いんだ?」
「私はミコト。貴方は?」
「俺に名前なんてねぇよ」
「…それじゃあ呼べない。兄様が人を呼ぶ時はちゃんと名前を呼べって言っていた」
子供…否、ミコトの言葉に男は少し考えると、面白い事を思い付いたと言わんばかりの表情で、ミコトの前に膝を着く。
「じゃあ、お前が付けろ。その方が呼び易いだろ?」
「良いのか?」
男は構わんと、にやりと笑った。

ミコトはじっと男の眼を見つめる。何かを探る様に…そして男もまた、引き込まれる様にミコトの瞳を見つめていた。
(何だコレは…引き込まれる?…いったいコイツは…)
「じゃあ[ヒコ]。貴方の内に炎が視える」
男…ヒコは少々面食らう。炎…火は正しく彼の持つ属性なのだから。
「…良く分かったな…」
「化け物だから」
首を傾げて当り前の様にミコトは言う。
「…ソリャ、奇遇だな。俺もだぜ?」

「しっかし…お前随分汚れてんな。転んだのか?」
ミコトはこくりと頷く。丈の長い服はあちこち汚れ、裾には引っ掛けたのか、布地が破れていた。
「声を頼りに結構歩いた。歩き辛くてしょっちゅう転んだ」
「…ちょっと見せてみろ」
ヒコはミコトの裾を捲る。裾から覗いた白く細い足は、あちこちが汚れ、擦り傷だらけだった。
「…コレは洗わないと…確か近くに湖があった筈だ。行くか?」
「行きたい」
「決まりだ。しっかり掴まってろよ!!」
ヒコはミコトを抱えると、風の様に木々の間を走り抜けた。

程なく辿り着いた湖の畔。ミコトがじっと湖を見つめている。
「どうした?何か珍しいモノでもあるか?」
「こんな大きな泉は初めてだ」
ミコトの台詞に、ヒコは思わず吹き出した。
「ぶっ…い、泉ってお前…コレは湖ってんだ」
「そうなんだ。外は広いんだな」
「…お前…外に出た事無いのか?」
一応疑問形ではあるが、ヒコは何処かで確信していた。ミコトは殆ど外を知らないだろうと言う事を…。
「余り無い。いつもは庭位。出ても里の広場。里から出たのは初めてだ」
「…じゃあ何で…」
「先刻言った。[声]が聞こえたから。あれはヒコの声だろ?ヒコを出したら声は消えたし」
何でも無い風にミコトは言うが、ヒコにはそれがとんでもない事だと今更ながらに気付かされた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ