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□幸せを食す
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智奈津さまへ





明らかに自分よりも短くて小さな身体が必死に後を追う姿だとか、ほんの少しの気まぐれで構ってやると嬉しそうにはにかむ顔だとか。笑ったかと思えば泣いたり、すぐに怒ったり拗ねたりところころ感情が変わる様子だとか。そういったもの達が心や頭の中に積み重なって、気づく直前に溢れ返って今に至るのかもしれない。あぐあぐとめいっぱい炎を頬張るナツを見ながら、ラクサスはなんとなくそう思った。


「ひゃくはふ?ひょうひはふはっほ?」
「…なんでもねえから、黙って食え」
「ふむほー!」


視線に気づいたナツが名前を呼ぶが、ふがふがと言う音になるだけで聞き取れない。とりあえず口の中のものを飲み込めと額を小突けば、何か言いたげな目で自分を見てくる子供に、ラクサスは小さな笑いを零した。ナツの食事はいつ見ても不思議で面白い。口や胃袋は一体どんな構造をしているんだろうと思いながら、リスのように頬を膨らませる姿をなんとなく見つめる。パスタがミートソースたっぷりの普通のものだったなら、きっと今頃テーブルや口の周りは軽い惨事になっていたに違いない。むぐむぐと動く小さな口を見てそう思った。


「なあラクサスー」
「なんだ?」
「ラクサスはめし食わねえの?」
「さっき食ったからな」
「ふうん…」


今度は聞き取れた言葉にそう答えると、ナツはつまらなさそうに頷いた。何が不服なのか、唇を尖らせている。キッと眦を吊り上げているのは、睨んでいるつもりなのだろうか。残念ながら埋まることのない身長のせいで、ラクサスには上目遣いにしか見えなかった。もしもこれがナツ以外の人間なら、きっとラクサスは会話をすることもなく立ち去っていただろう。むしろ、食事が済むのを待つなんてことは天地がひっくり返ってもありえないことだ。


「言いたいことがあるなら口で言え」
「…おれ、ラクサスとめしが食いたかったのに」
「だからここにいるじゃねえか」
「違う!一緒に、食べたかったんだ!」


牙を向いてナツはそう言うと、ふいっと顔を横に背けてしまった。なんともわかりやすい(本人にしてみれば怒っているぞアピール)拗ね方に、ラクサスは少し呆れてため息を吐いた。どうやらこの子供はともに食事を摂りたかったようで、何も食べない自分が不満らしい。とは言えど、食べてしまったのはしかたがない。もう一度食べようにも腹は空いていないし、それにナツだってほぼ食べ終えているのだから。


「ナツ」
「…………」
「おい、」
「……ラクサスのばか」


ほんのり湿った声が吐く暴言は威力も何もないので今はなんともない。誰に影響されたかは知らないが、大方グレイに何かを吹き込まれでもしたのだろう。皿の上に少し残った、炎が小さく燻っているパスタを見てラクサスはフォークに手を伸ばす。まるで料理番組で見るお手本のように、銀色のそれは綺麗にパスタをからめとった。そして、下を向いているままのナツに声をかける。


「ほら、口開けろ」
「え…?ふむっ」


条件反射で大きく開いた口にフォークを突っ込む。鳥のひなみたいだと思いながらも、もぐもぐときちんと咀嚼されているのを見届けて、ラクサスは皿を持ってカウンターへと足を進める。ぎょっとして皿を受け取る男(基本、ラクサスはギルドのメンツを覚えていない)を一瞥し、未だにぽかんとしているナツの元へと戻った。


「食ったか?」
「う、うん…」
「行くぞ」


子供が大切にしているマフラーは流石に掴めなかったので、腰辺りを持って肩に担ぐとギルドを後にする。急に視界が変わって、ナツは目をぱちくりと瞬かせていた。だが、人で溢れる街路に差しかかる一歩手前ではっと今の状態に気づくと、少し慌てた様子でラクサスの名前を呼んだ。


「ラクサス…っ!どこ行くんだよ、なあ!」
「…俺と何か食いたいんだろ」


手足をばたつかせるナツを地に降ろし、ラクサスは深く息を吐きながら言う。子供が昼食の次に口にするのなんて、おやつか夕食くらいだろう。呆気に取られたような顔に笑いを誘われ、口の端がゆっくりと上がる。それをごまかすように桜色の髪を掻き混ぜると、ラクサスは小さな声で言った。


「甘いものでも奢ってやるよ」
「…!ほんとかっ!?」
「ああ、なんか考えとけ」
「っ、うん!」


満面の笑みを浮かべて何度も何度も頷くナツ。心の底から嬉しがっていることが伝わってきて、ラクサスは満更でもないなと少しだけ思った。ほんの少しだけ。後ろを追ってくる姿を目の隅に入れながら、その小さく細い手を無言で取る。ラクサス自身が手持ち無沙汰で、それにはぐれられたら困るからだったのだが、それでもナツはこぼれ落ちんばかりに目を見開いて、それから花が綻ぶように笑った。


「ラクサス!おれ一番でっけえパフェ食いたい!」
「……腹壊すから三番目くらいにしとけ」


ぎゅうぎゅうと腕にしがみつく温もりに、目眩にも似た何かを感じる。

要はほだされてしまったのだと、遠くの方で誰かが囁いた気がした。










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幼少ラクナツであまあまとのことでしたが、あんまり甘味要素がなくてすみません!しかもなんだかラクサスが迷子…!












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