版権

□優しい下心。
1ページ/2ページ











馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれどね。帰ってきて早々に俺の目の前でそう言った男は、ため息を吐きながら眼鏡をかけ直す。右手には見覚えのあるプリントが三枚。嫌な予感。


「……これはないよ、兄さん」
「……うるせー」


しきりにこれはないとぼやく雪男を睨む。三枚のプリントには名前の横に大きな丸がついている。不本意な訂正だが、そこに問題があるわけでも解答があるわけでもない。


「ねえ、何この0点のオンパレード」
「しょ、しょうがねえだろ!眠くなっちまったんだから!」
「テストの最中に眠くなるのもあれだけど、なんで簡単な小テストで0点なんだ…!」


馬鹿はありえない奇跡を起こすのかと呟きはじめた雪男に、ふつふつと怒りが湧いてきた。俺だって好きでこんな点数取ってるわけじゃないのに。持っていた雑誌をばんと投げ捨てて、俺は人差し指を突き立てて雪男に怒鳴る。


「つか学校のテストはお前と関係ねえだろホクロメガネ!」
「逆ギレしないでくれる?大体僕だって言いたくないけど“お前の兄だろなんとかしてくれ”って全教科の先生から言われたんだよ!全教科!」
「あーはいはい優等生な奥村くんは先生の言うことをちゃんと聞くんですよね…お前は使い魔か!」

「………ああそう、そんなこと言うんだ」


ぶちり。何かが切れるような音が聞こえた気がした。これはやばいと逃げようとしたけれど遅かった。肩を掴まれてにっこりと微笑まれた。そして、塾の講師のときのような口調で「今から罰ゲームをしてもらいます」と一言。ああ、嫌な予感。

そうして弟の皮を被った悪魔に捕まって、数十分後。


「うん、よく似合ってるよ」
「似合ってたまるかー!」


叫んで髪を掻きむしりたかったが、雪男に無言で制止された。行き場のなくなった手でそのまま服を握る。スースーする太ももだとかウィッグで蒸れる頭だとか、いろいろ原因はあるけれど泣きたい。


「じゃあ誰かとプリクラ撮ってくるまで帰ってきたら駄目だからね」
「はあっ!?」


そう言われたと思ったら、あっという間に部屋を追い出された。ばたん。ドアが無機質に閉まる音が旧男子寮の廊下に響き渡った。今なんて言ったあいつ。思い出したくない言葉が頭をぐるぐると駆け巡っていると、ドアが開いて雪男が顔だけ出してきた。


「言っとくけど、ツーショットで撮らなかったらずっとその格好だから」


ふざけるなよホクロメガネ!



*****



というわけで、俺は恥を忍んで学校の正門前に立っているのである。皆の視線が突き刺さって痛い。やっぱり男だってわかるよなあ、誰か声かけてくれないかなあ、なんて視界の端でひらひらとはためくスカートを目に入れながら半分意識を飛ばしていると、ふと誰かが前にきたような気配がした。


「なあ、自分一人で何してはるん?」
「…………っ!!?」
「あ、驚かしてもうたかな?堪忍なー」
「いっ、いえ!」


へらへらと笑ってそう言うのは、今は見慣れたピンク頭だった。よりによって志摩かよ!と叫びそうになるのを、慌てて両手で口を塞ぐ。それを見た志摩は何を勘違いしたのか、眉を下げて謝ってきた。いつもより高い声を出して首を振れば、ほっとしたような顔で笑う。雪男は誰かと撮ってこいと言ったから、別に志摩でもいいだろう。第一声をかけてきたのは志摩の方だし。


「ほんで、何をしてはったの?」
「えっと…お、私、実は罰ゲーム中で…!」


早口で説明をする。知らない人とプリクラを撮るのが罰ゲームで、その理由は男とあまり話したことがないからという、結構脚色を入れたものだったけれど志摩は納得してくれたようで。なんだか感心したように頷いて言う。


「男とあんまり話したことないて、箱入りさんなんやな」
「箱入りさん…?」
「大事にされとるってこと」
「そっ、そうかな…」
「ほうほう。あ、俺とプリ撮らへん?」
「いいの?」
「実はそれ目的で話しかけたり」


ぺろりと舌を出して志摩は名乗り、握手をしてきた。されるがままになっていると、そのまま手を繋いで歩き出す。慌てて振りほどこうとしたけれど、それは女の子がすることじゃないと必死に自分に言い聞かせて唇を噛んだ。志摩はそれに気づくと「切れてまうよ」と注意してきた。お前が手を繋がなければ俺が唇を噛むこともないのに。


「なあ、君の名前は?」
「あっ、…ユキ!ユキって言うの」
「なんや、かわええ子は名前もかいらしいなあ」
「あ、はは…」


咄嗟のことだったから思わず雪男の名前を少しだけ借りてしまった。焦ったような俺の答え方が志摩にはどうやらツボだったらしく、しきりに可愛い可愛いと俺に言ってくる。


















次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ