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□愛を食らう
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嘉鷹さんより。










雪男の朝は、如雨露から始まる。
厨房の裏口を出たところのプランター菜園を毎日雪男は眺めている。雑草をむしり、水を与え、肥料をくれる。
茄子と胡瓜の花が咲き、実がつくことを今か今かと待ち続けてる。

「………兄さん、本当にいいの?」
「いいよ別に。なんもすんな」

茄子、胡瓜、ピーマン、人参、おくら、しそ、万能ネギ、水菜――双子は喧嘩の末にそれぞれの担当を分けて世話をすることに決めた。まぁ結局二人の胃に収まるには燐の手を経由することになるのだが。
それ故に整然とした雪男のプランターと、騒然とした燐のプランターとではどちらのものか一目瞭然だった。

「もう、ちゃんと世話しなよ」
「るせー。てか、多分あんまり構いすぎるといい実がつかないとかなんか聞いた覚えがあるぞ」
「えっ」

あやふやな記憶をひっぱり出すと雪男は驚いた風に目を見開いた。
……初耳だ。

「え、それ本当?」
「いやよくわかんねーけど、多分」
「うぅ…」

逆境に立たされた方が生存本能がうんたら、と語る燐の声を聞きながら雪男はがっくりと肩を落とす。
やはり育て方を調べておけばよかった。「なんでも手順通りなんかじゃ面白くねーだろ」という言葉に踊らされるべきじゃなかった。
けれど予定調和にならないそれの発育を毎日楽しみにしているのは事実で、つい構ってしまうのが雪男である。
――数日後、雪男担当の胡瓜は根腐れを起こして全滅した。





京都まで来てずぅんと肩を落とす雪男に燐は苦笑する。
そんなに胡瓜の根腐れ全滅がショックだったのか。可愛い奴め。

「ほら、しえみの母ちゃんに世話頼んだんだからプランターは大丈夫だって」
「うん…」

朝の日課がない京都ではどこか座りが悪くそわそわとしている雪男の頭を撫でてやる。双子よりもより植物を育てることに長けた人に任せたのである。良くなりはしても悪くなることはまずないだろう。

「今度しえみにコツでも聞こうぜ。花も野菜も植物は植物だ」
「兄さん…」
「な?」

しえみを含んだ塾生の皆とうまくいってないながら明るくそう言う燐に雪男は曖昧な笑みを返した。
彼にとっては仲直りの一歩になるだろうが、それで燐が傷付くことは目に見えている。それでも自身の為、雪男の為と張り切る兄に「やめて」とは言えずに笑うのだ。

「で、ここどこだ」
「知らない」

あてどなく彷徨っていたら気付いたら知らないところだった。まさかの失態だと雪男は内心で舌を打つ。
朝も早い時間なので辺りには人が見当たらない。きょろきょろと周りを見渡すと、雪男の腕を掴んだ燐が駆け出した。

「兄さん?」
「今あっちに黒い服みつけた!」

黒い服=祓魔師コートである。喜色を浮かべた燐に雪男も微笑みを返して足並みを揃えた。

「で、ここどこだ」
「知らない」

話がループしている。
虎屋に行くのかと思いきやまさかの知らんところに出てしまった。旅館よりは劣るが立派な門構えの日本家屋の中を覗き込む。
二人は本格的に迷子だった。

「なにしとるんや」
「「うわっ」」

ポンと後ろから肩を叩かれて二人はびくりと飛び上がった。振り返ればそこに、年齢の違いはあれど見知った作りの顔が体調悪そうな青い顔でそこにある。

「志摩の父ちゃん?」
「ちょ、兄さん!」

八百造に向けた燐の人差し指を慌ててめきょりと逆方向に折りつつ窘める。そんな二人のやりとりに八百造は片眉を跳ね上げた。

「で、こそこそついときとったようやけど、うちになにか用でもあるんか?」

モロバレだった。「いやーちょっと迷子っつーかうーん」と困ったように頭を掻く燐と、明後日の方を向き乾いた笑いを溢す雪男に小さく口端を歪めると、八百造は二人を家に招待した。



縁側に招かれた二人は庭に作られた小さな菜園に目を輝かせた。きちんと添え木をされた茄子と胡瓜の苗は双子のプランター菜園とは比べるべくもなく立派なものだ。
トマトや長ネギ、大根、キャベツまで植わっている。
キラキラと瞳を輝かして畑を見て回る二人に茶の準備をしてきた八百造は目を瞬かせた。

「二人は畑好きなんか」

若いのに珍しい、と若干嬉しそうに八百造は言う。

「好きっつーか、今プランターで野菜育ててっからさ。この間雪男が胡瓜の根を腐らせたけど」
「兄さん!」
「いいじゃんか、八百造さんにコツ聞こうぜ」

顔を赤らめて抗議する雪男に燐はあっけらかんと笑う。
末の息子の同級生と、同級生ながら教師であるという双子の兄弟は仲良くつねりあいをしている。八百造が呼べば素直に喧嘩をやめて近寄ってきた。

「ところで、八百造さん具合はいかがですか?まだあまり動いてはいけないように見受けられますが…」
「…………いやまぁ、ちょっとな」

医工騎士としての見解を述べる雪男にふいと八百造は目を逸らした。
燐が「わかった、抜け出してきたんだろ!」と言うと真剣な顔で「内緒やで」と言うものだから、双子は顔を見合わせて笑った。

「流石に一週間も帰ってこれへんかったから畑が心配でなぁ。水くれは妻がやっといてくれた筈やけど…」
「お、雪男とおんなじ」
「余計なことは言わなくていいよ」

どすりと脇腹に拳をめり込められて悶絶する燐に八百造は喉の奥で小さく笑う。やけに騒がしい息子たちがおかしいのかと思いきや男の兄弟というのはどこもこんなようなものなのか。

「もしよろしければ僕たちにお手伝いさせていただけませんか?」
「ええんか?」
「はい。というか、出来れば八百造さんにはここで動かず安静にしていて欲しいんですけど」

僕、これでも医工騎士ですのでお願いと言うか、命令ですけどね。と雪男は迫力ある笑顔で八百造に迫る。
八百造は唇を閉ざして頷いた。



雑草を抜き、水をくれる。野菜を育てる留意点や、肥料の与え方、添え木の立て方やミニビニールハウスの作り方も教わった。
八百造はそれほど口数が多い方ではなかったが、的確なアドバイスをくれるので会話のない空間でも双子は伸び伸びと畑いじりに没頭した。

朝の涼しい時間から気付けばじわりと汗ばむ程気温が上がっていた。
汗だく泥だらけな二人を八百造が手招く。

「…なんや、すまんかったな」
「いいえ、楽しかったです」
「おう。いろいろ教えてくれてあんがとな」

冷たい麦茶を差し出されて双子は微笑んだ。カラコロと氷が涼やかな音を立てる。
他の家族が起き出したのか、家の奥から複数の人間の気配。朝らしくどこか慌ただしい。

「これ、その畑で取った胡瓜の糠漬けや。あと茄子の浅漬けに、トマトと、握り飯。
今から虎屋に帰っても飯下げられとるやろ。こんなんで悪いがあがっとき」

まだ温かいおにぎりと、小皿りに盛られた胡瓜と茄子の漬け物。ネギと豆腐とキャベツとしめじの入った具沢山の味噌汁。
よく冷えたトマトはどんと2つ、盆の上に乗っていた。
二人は笑顔で礼を述べると、庭の端にある水道で丹念に手を洗い、ぱちりと手を合わせるといつものように「いただきます」の唱和をする。
その微笑ましい様子に八百造は目を細めた。

「………うまっ!」
「そら愛情込めて作っとるからな」

早速ながら胡瓜の糠漬けを口にした燐が目を輝かせて八百造を見る。雪男もまたおにぎりの中の梅干しの絶妙な塩加減に頬を緩ませた。

「その握り飯の梅干しも俺が漬けたんや。うまいやろ」

双子はこくこくと首を振る。
育ち盛りの少年の食欲は凄まじく、ぺろりと食べ終わってしまった二人に追加でたくあんとおにぎりと味噌汁を出し、デザート代わりのトマトの、甘酸っぱくて肉厚な果肉に舌鼓を打って漸くふうと息を吐いた。

「そんだけうまいうまい言われると作った甲斐があるってもんや」
「…あ、すみません遠慮もなしに」
「ええよ別に」

恐縮する雪男とは逆に燐はからりと笑う。

「すんげーうまかった!俺らのプランターでとれたのもさ、出来はともかく格別って思うんだけど、八百造さんが作った野菜まじうめー!」
「そんなん、二人が一生懸命働いてくれたから尚更うまく感じるんや。手伝ってくれてありがとぉなぁ」

今日一番の微笑みを乗せて、八百造は二人の頭を思いきり撫でこくる。
きょとんと2対の青い目が見返してきて、より笑みを深めて八百造は「ありがとぉ」と繰り返す。

「二人のお陰で楽できたわ。畑もよぉなったし、野菜褒めてもろたんも嬉しい。
ほんま、ありがとぉな」

かいぐりかいぐり、と頭が揺れる。
――柔造の手に撫でられたとき、双子はそれぞれ養父を思い出した。
けれど八百造の大きくて固い手は、何よりも「父の手」であった。柔造や金造、廉造達を育てた本物の父の手だ。優しくて力強いそれは彼らが欲する「父の手」ではないけれど、慈しみの込められたそれにじわりと胸が熱くなる。



壊れ物を扱うような手付きで撫でられたことを覚えている。
固い手のひらが頬を撫で、いつもの皮肉気なそれでなく柔らかに細められた瞳のこと。
小さい頃、どれだけそれが嬉しかったか。
力強く抱き締める腕の頼もしさ。

「俺の大事な息子達」

その言葉がいつも誇らしくて、嬉し泣きした昔日の記憶。



「父さん、大好き!」




もっともっと、声が枯れるくらい貴方が好きだと言えば良かったね







双子はそれぞれ撫でられた頭を抱えて、へにゃりと笑う。
泣きそうな顔で。寂しそうな瞳で。



「ありがとう」
ありがとう、愛してくれて





嬉しそうに、二人は笑った。










愛を食らう
慈しみの記憶は胸の底





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奏凍の嘉鷹さんから頂きました!連作の番外編なんですけど双子可愛いし八百造さん素敵すぎるしもう…!たまらないです!ありがとうございました!












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