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□あまいのは誰?
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嘉鷹さんへ。










プリンが食べたい。叫ぶようにそう言ったのは志摩だった。


「なんや急に…」
「滑らかな舌触り!卵の甘味!ほろ苦いカラメルソース!その絶妙なパワーバランスが奏でるハーモニー…!プリンが…スイーツの姫さまが俺を呼んではるんですよ坊…!」


顔の前でぐっと握った右手をそのまま上につき出す幼馴染を見て、かりかりと静かにペンを走らせていた子猫丸が「要は勉強に飽きはったんでしょう?」とため息混じりに呟いた。今の言葉で完全に集中力が途切れてしまったのか、長いこと字を書き続けていたシャーペンは筆箱へと収まる。あと少しで課題が片付くはずだったのにと、誰に宛てるでもない呟きが部屋に響く。少々ご立腹のようだ。そんな様子に、志摩はへらへらとばつが悪そうに笑う。


「でも、なんでプリンなんですか?」
「坊の髪見てたら急に出てきたん……あ」
「ほう…俺の髪見て、なあ?」
「いやいやなんも坊の頭がプリンとか言ってませんよ!?」


今日もばっちりキマってますと慌てて弁解を入れる志摩に、勝呂はどうだか…と鼻を鳴らした。コンビニ帰りに子どもから指差しで言われた「あっ、プリンだ!」という言葉はまだ三人の記憶に新しく、そして生々しく残っている。確かに同じ二色ではあるけれど、割合的に言えば逆だろう。珍しく降ろしたままの前髪をいじっていたのだが、地味に刺さる志摩の視線が鬱陶しい。前髪をかき上げながら、勝呂はしかたなく目の端で様子を窺ってくるピンク色に話しかけた。


「で、お前はどうしたいんや」
「コンビニ行きましょ!」
「一人で行け」
「嫌やわあ、坊!ほうやとなんや俺、寂しい人やないですか!」
「寂しい人やないですか、身も心も」
「ちょ、ひど!」


ぎゃあぎゃあと寝そべって転がるピンク色に「おかんに菓子買うてもらえんかったガキか!」と勝呂の怒声が飛ぶ。しかし志摩はじたばたと足掻くのを止めない。それどころか携帯で悪戯メールを作成し、勝呂と子猫丸に送りつけてくるのだ。ちなみに子猫丸にはじゃれる子犬達が、勝呂にはいつ撮ったのかわからない(多分隠し撮りだ)燐の寝顔が添付されていた。嫌がらせにしては質が悪いと、その画像はすぐに削除した。何を好き好んで男の、しかも馬の合わない同級生の寝顔を保存しておかないといけないんだ。


「……はあ。おら、ちゃっちゃか財布用意せぇ」
「さっすが坊!」
「なんか奢ってくださいよ」
「200円までならええよー」


結局折れたのは二人の方だった。しかたなくカチューシャで髪を止めると、財布を片手にいそいそとノートやらペンを片付ける姿にため息を吐いた。嬉しそうに自分達を急かす志摩は大家族の末っ子と言うだけあって甘え上手だからなのか、それとも勝呂自身が一度懐に入れた人間に甘いせいか、いつも何か根比べのようなことをすると負けてしまう。隣で苦笑する子猫丸もおそらく同じ気持ちのはず。


「ぼーん、子猫さーん、はよ行きましょー」


能天気な呼び声がひどく腹立たしかった。



*****



生暖かい空気から逃げるように入ったコンビニはやはり冷えていて、じっとりと身体に浮かびはじめた汗もすぐに引いていくようだった。少なくとも、気だるげな店員の態度もあまり気にならないくらいには心地よい空間だ。そそくさとデザートコーナーに向かう志摩を横目に、勝呂はアイスを求めて店の奥へ。狙うは新製品の抹茶バーである。練乳が中に入っているという宣伝につられたわけではないと思う。多分。勝呂は隠れ甘党だった。早く会計を済ませようと目当てのものを手に取る。二人はともかく他の知り合いに見られるのはいたたまれない。


「坊、坊!ちょお来てください」
「……どないしたん、」


志摩に小声で呼ばれて訝しげに向けた視線は、その指に差されているふたつの後ろ姿を見てぴしりと固まった。慌てて文房具や封筒が並んでいる棚に隠れる。少し離れたところで飲み物を探していた子猫丸を呼び寄せた。


「二人ともどないしはったんです?」
「しい、子猫さんあれ見て」
「あ、先生と奥村くん」


二人で仲良く肩を並べているのは奥村兄弟だった。兄である燐はともかく、弟の雪男がコンビニで雑誌を立ち読みするのはイメージになくて新鮮だ。というか、私服で二人でいること自体が珍しいんじゃないだろうか。不思議そうな三人の視線を集めているとは露知らず、燐と雪男は何やら一緒の雑誌を覗いて話し合っている。一体何を見ているんだろう。


「…ちゅうか、なんで隠れなあかんねや」
「やって、俺らと会うたら奥村くんはともかく先生は仮面被らはるやないですか」


俺、あん双子に興味あるんです。そう言った志摩の顔はきらきらと輝いていた。阿呆らしいと切り捨ててしまえば良かったのだが、そうするには勝呂自身も双子に興味を抱いてしまっていて。どうして隠れなくてはいけないのか、なんて基本的な疑問は瞬く間になりを潜めていた。子猫丸も静かに様子を見守ることにしたようで、志摩を咎めるでもなく二人の影に隠れている。


「あ、なんや話してはる」


しいと口元に指を当てて見てくる志摩に、別に自分は喋っていないだろうと睨み返した。耳は既に二人の会話をロックオンしている。そうして静かに耳を澄ませていると、ひそひそとした二人の声が聞こえてきた。講師と生徒という垣根を取っ払った雪男と燐は、はたしてどんな話をするのだろうか。好奇心ばかりが大きく膨らんでいく。


「なあ、雪男はどれがいい…?」
「うーん…これかな」
「えー…それならこれがいい」
「じゃあ聞くなよ」

「……なんのことやろか」
「さあな…」
「あ、表紙見えそうです」

「やっぱ煮物だって」
「鯖の味噌煮がいい」
「今月はもう金がねえ」
「無駄遣いしたんでしょ?」
「してねえよ」

「………料理本やったな、」
「節約上手で料理上手な主婦のおかず100て…」
「奥村くん、堅実な人やったんですね…」


ちらりと見えた雑誌のタイトルに、なんだか無性に切なくなった。雑誌を棚に戻して移動する二人に合わせて動きながら、三人は顔を見合せため息を吐く。次に出会ったときは何か奢ってやろうという思いを込めて。双子はそのまま、さっきまで志摩がいたデザートコーナーに足を運んでいた。静かに会話の続きを聞く。


「あ、豆腐残ってたから豆腐バーグにするか」
「…とり肉と?」
「おう、合い挽く」
「僕、兄さんの豆腐バーグが一番好きだな」
「兄ちゃんの愛が詰まってるからな」


そうだね、と頷く雪男に志摩が小声で「どこぞの新婚さんですの…」と突っ込んだ。確かに新婚さんっぽい。さりげなく雪男がカゴを持っているところとか、無意識にいちゃつくところとか。なんだかこれ以上二人の会話を聞くのは危険な気がすると、勝呂は腕の鳥肌を撫でた。今更出ていくわけにもいかない。後悔で胸を満たしながら、勝呂は雪男と燐の会話をじっと耐えて聞いていた。


「プリンがない…」
「え、雪男がほしかったのってプリンなのか?」
「うん…なんだか無性に食べたくなってさ」
「あー、あるある」


プリン、と聞こえた時点で三人の目は志摩の手にちょこんと乗っている黄色いカップを捉えていた。最後だったのか、それ。口に出さなくてもわかる幼馴染の気持ちに、志摩はなんとも言えない表情で神妙に頷いた。まさか雪男と思考が被るなんて思ってもみなかったのだろう。方や天才と言われる最年少祓魔師で、もう一方は脳の使い道を間違えたエロ魔神である。なんとなく雪男が可哀想だ。不意に聞こえた「……ねえ、別のコンビニによっていい?」という言葉に、そこまでしてプリンを食べたいのかと内心突っ込みを入れながら二人の動向を見守る。


「え、そこまでしなくていいだろ?」
「兄さんは杏仁豆腐があったからいいけど、僕は何もないんだよ」
「ダチョウすればいいじゃねえか」
「それを言うなら妥協…絶対嫌だ、僕はプリンが食べたいんだ」


雪男はそう言うと、こちらにまで聞こえるため息を吐いた。心なしか背中がしょぼんとしているような。勝呂と子猫丸は思わず志摩を見た。おい、プリン返してこいや。いやいや無理です見つかってまいます。志摩さんは別にプリン食べんでも生きていけますでしょ。奥村先生かてそうやん!なんて、やいのやいのと小声で言い争っていると二人に動きがあった。


「あーもープリンひとつでぎゃあぎゃあ言うなよ!」
「兄さんだってゴリゴリ君がなかったら騒ぐだろ!」

「ちょ、喧嘩しはってるっ?」
「ここ店内やぞ!」


これは流石にいけないんじゃないかと慌てて身体を棚の影から出しかけた三人は、間髪入れずに聞こえてきた燐の言葉にまた身体を棚に戻す。


「そんなに食いたいんだったら作ってやるから!」
「……本当に?」
「おう」
「じゃあいいや」

そう言ってカゴに入っていた杏仁豆腐を元に戻し、雪男は早く帰ろうと燐を急かしてコンビニを後にする。燐は勝手に自分のデザートを戻されたことに特に何もないのか、呑気にあくびを溢していた。やる気のない店員の挨拶が二人を追いかける。結局、双子は雑誌を立ち読みして晩ご飯のメニューを決めて、それからなんだかいちゃいちゃしていっただけである。冷やかしもいいところだ。


「…………俺も奥村くんのプリン食べたいわあ」


汗をかいたプリンを見つめて心底羨ましそうに呟く志摩に、勝呂はとりあえず手に持っている溶けかけのアイスを奢らせようとその頭を思いきり叩いておいた。











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