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□シュガーメイクの砕けた弾丸
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なんというか、なあ。少しだけ丸まった恋人の背中が楽しげに揺れているのを見ながら、志摩は独特な訛りのある声で呟いた。


「奥村くん」
「なんだよ、今忙しいんだけど」
「……何してはりますのん?」
「見てわかんねえ?」


驚きと呆れが混じったような口調でほれ、と振り向かれもしないで爪楊枝を見せられた。その先には黒っぽい何かがついている。志摩には、それがボウルいっぱいに入った車えびの背わただとすぐにわかった。だって十分くらい前に食堂から爪楊枝と一緒に持ってきたのだから。彼が背わたを取っていることは見なくてもわかる。


「背わた取ってはるのはわかりますえ」
「じゃあなんで聞いたんだよ」
「いや、なんで今背わた取ってはるん?」


そう。よりによって滅多にない二人きりというシチュエーションの中で、会話するでもなくいちゃつくわけでもなく、何故えびの背わた取り。百歩譲って料理が得意な彼が下ごしらえをすることはまだわかる。なのにどうして魚介類をチョイス。放っておくと傷むし、何より生臭さが染みつくじゃないか。まだ野菜の皮むきとかあるのに、どうして背わたを取るんだ。


「え、だって暇だったし…」
「暇て…!」


仮にも恋人と一緒にいて暇とはどういうことだ。少し傷ついた志摩の心内なんて知らないで、彼は平然と「黙ってる志摩が悪いんだろー」と背わたを取る。確かに燐と二人きりという状況に舞い上がり、あわよくば…なんて不届きな妄想に耽っていた自分も悪い。いや、確実に自分だけが悪い。しかし健全な男子高校生たるもの、好きな人と同じ空間にいるだけで妄想やムラムラが生じるはず。しかもその空間が限られたほんの一握りの人間しか入れない場所なら尚更だ。抱き合いたいし、キスしたい。それ以上のことも可能ならばやりたい。だって男の子だもん、なんてどこかで聞いたような台詞を頭に浮かべながら、志摩は後ろを向いたままの燐にぴたりと引っついた。


「ちょっ、急にくっつくな!」
「ええやーん」
「よくない!えび落としたらどうすんだ!」
「俺はえび以下どすか」


あんまりにもえびのことばかり言う燐にがくりと肩が落ち、ため息が口から零れた。悲しいやら情けないやら、いろんな感情が心に宿る。志摩は別に、彼が楽しいのなら構わないのだ。例えそれがえびの背わた取りであろうとも。けれど、やっぱり自分のことだけを考えて見ていてほしいと思うのも事実で。矛盾している醜い思いを紛らわせるように、燐の腰に手を巻いてぎゅうぎゅう抱きしめる。そして、自分より線の細い肩に額を預けた。ぴくりと反応して震える身体に愛おしさが込み上げる。下手な女の子よりも可愛いのではないだろうか。


「…早く離れろよ」
「せやかて奥村くんえびさんにくぎづけやし、」
「原因はお前だ」
「う…けど、俺ら付き合うとるんよ?」


引っつくくらい堪忍しておくれやす。いっそう力を強めて、志摩はわざとらしく燐の耳元でそう囁いた。面と向かって言われたことはないが彼は自分の話し方や声が好きらしいから、とりわけ意識して。下心一色なのもこの際ついでに許してほしい。


「ばか志摩…!よっよくもそんな恥ずかしいことを…!」
「本心ですから恥ずかしいことなんてあらしまへん」
「……そーいうとこが恥ずかしいんだよ」


不機嫌そうな声色で言われてしまったと思ったが、少し尖った耳が赤く染まっているのを見つけて一安心。にやける顔を必死で抑えながら、志摩は右手で優しく燐の頭を撫でる。止めろ、なんて口をつく言葉は意地という名の照れ隠しだ。彼が本気になれば力負けするのは自分の方なのだから。離れろと言われたときだってそうだ。なのに、振りほどく素振りも見せないのだから可愛くて堪らない。これを本人が聞けば烈火の如く怒り出すのは間違いないので黙っておくが。それでもあえて追求すれば、えびを持っていたから等という言い訳を真っ赤になりながら言うのだろう。


「でもなんでえびなん?他かてあったやろ?」
「それは……お前がっ、」
「え、俺?」


聞き返せば、しまったとばかりに口を閉ざす燐。一体なんだと気になって耳に息を吹きかければ奇声が上がる。個人的にはもう少し色っぽい声の方がいいのだが、燐が可愛いことには変わりないのでよしとする。そんなよこしまな考えが触れているヵ所から伝わったのか、勢いよく睨みつけられてしまった。釣り上がった青い目に射抜かれる。綺麗だなあ、なんて呑気に思った。


「エビフライ食いたいって志摩が言ったんじゃん!」
「え…」
「だから今日だって誘ったのによ…」


その後の言葉は聞き取れなかったが、どうやら燐は自分のためにえびの背わたを取っていたらしい。志摩はてっきり弟の晩ご飯にでもなるんだとばかり思っていたので、予想外すぎて咄嗟に反応ができなかった。確かにエビフライが食べたいというようなことは言った。でも、それは数日前の塾終わりの放課後に勝呂達と何気なく交わした会話のひとつだ。それを燐は聞いていたと言うのだろうか。覚えていてくれたのだろうか。沈黙が降る。それにいたたまれないと燐が身じろぎして、小さな声で何かを呟いた。多分、食べたくないんなら食べなくてもいいとか、そんな内容のことだ。


「おおきに、奥村くん」
「べ、別にたまたまえびが安かっただけだ!」
「ほうかほうか」
「なんだよその顔!志摩、信じてないだろ!」
「いややわあ、俺が奥村くんのこと信じひんわけないやん」
「嘘つけえええ!」


ぎゃあぎゃあと耳元で叫ばれるのは辛いけれど、これが彼の照れ隠しなら我慢できる。可愛い可愛い、恥ずかしがり屋で天然ないい子。その真っ赤な耳と首筋に、志摩は今までの人生の中でいっとう甘く、愛のこもったキスを落とした。












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