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□星は歌う。僕は泣く。君は笑った
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空気が澄んでいるのか、いつもより星が綺麗な夜だった。あんまりにもキラキラと近くで瞬くものだから、ナツは思わず夜空に手を伸ばしてしまった。あの、一等きらめいている金色がほしい。けれど、握りしめた手の平を開いても当然ながらそこに星はいなくて。


「………何やってんだ」
「!ラクサスっ」


聞き慣れた重低音が唐突に空気を震わせる。ナツがぱっと振り返ると、呆れたような顔でラクサスが立っていた。一瞬、星が降ってきただなんて馬鹿げた考えが過ぎって、思わずまじまじと彼を見つめていた。そこには少しだけ笑みが浮かんでいる。それは仲間内でも長い付き合いのある者にしかわからない、ほんの些細な表情の変化だ。なんだか嬉しくなって、ナツの顔にも笑みが浮かぶ。小走りで側にいくと、今度ははっきりとした苦笑いで頭をくしゃくしゃと撫でられた。


「へへへ…」
「気持ち悪ィ顔で笑うな」
「あだ!」


そう言って額を弾かれても、ナツの笑顔は止まなかった。もしも尻尾がついていたら、勢いよく左右に揺れているに違いない。ナツは妖精の尻尾の皆が好きだ。小さいけれど頼れるマカロフに、人一倍仲間想いなエルザ。いじめっ子のミラジェーンと気弱なエルフマンに、一番仲がいいリサーナ。まだまだ小さな相棒のハッピーや、グレイだって欝陶しいけど嫌いじゃない。他にもたくさんの仲間達のことがとても好きだ。けれどラクサスのことは誰よりも好きなのだ。その感情は、あの空に輝く星をほしがる気持ちとよく似ている。


「なあラクサス、星取ってくれよ」
「普通に考えろ…取れるわけねえだろうが」
「あの一番キレーなやつがいい!あれだぞ、あれ!」
「人の話を聞け、このクソガキ」


どかりとその場に胡座をかいたラクサスに、さっき手を伸ばした星を興奮混じりに指差して言えば、ため息を吐きながら首根っこを掴まれた。そしてそのままひょいっと膝の上に乗せられる。まだまだ子供のナツはそれだけで身体の全てを覆われるというのに、ついでとばかりに後ろからがっちりと腕を回されて、身動きひとつ取れなくなっていた。


「何すんだよ!離せー!」
「うるせえ…」
「うぎっ」


結構な力であごを旋毛に乗せられた。微かな痛みにナツは口を閉じる。大人しくなったことに満足なのか、ラクサスは腰に回していた手に少しだけ力を込めて、体重をそっとナツの背中に預けた。自然と会話も途切れて、ひっそりとした静寂だけが二人の世界を漂う。やけに星の光が眩しく感じる。静寂は、慣れない雰囲気に飲まれてもぞもぞとナツが動き出すまで続いた。珍しく先に口を開いたのはラクサスだった。


「おい、ナツ」
「……なんだよ」
「星、取ってやろうか」
「え…ほ、本当か!?」
「ああ」


出来るわけがないと言っていたラクサスが、どうして急にそんなことを言い出したのかはわからなかったが、ナツは心の底から喜んだ。しかし、身体をよじって振り返りながら言いかけた言葉を待っていたように、でもなと条件が付け加えられる。


「万が一お前が俺に勝てたら、星だろうとなんだろうと取ってきてやるよ」
「わかった、絶対だぞ!?」
「ああ」
「男にニゴンはなしだからな!?」
「二言くらいちゃんと言え」
「うっ、嘘だったら許さないからな!じっちゃんにゲンコツで殴ってもらうぞ!」
「くどい。つか、なんでジジイなんだ」


自分で殴れ、と興奮で赤らんだナツの頬を長い指がつまむ。そのまま、柔らかさを堪能するように押したり伸ばしたりされて言葉にならない反論を口にする。それをラクサスはただ笑うだけで、止めてはくれなかったけれど。そうしてあっという間に一時間が経って、ナツのまぶたはゆっくりと下へ下へ降りていく。せっかく大好きなラクサスが構ってくれているのに、と慌てて頭を振って眠気をごまかすが、彼には全てお見通しなようで。


「ガキはもう寝ろ」
「がき、じゃね……」


ちょっと乱暴な言葉とは裏腹に、大きな手の平は優しく頭を撫でていた。その気持ちよさにしばらく目を閉じれば、眠ったのだと思われたのだろうか。そっと、まるでハッピーを抱きしめるときのエルフマンみたいに、静かに優しく背負われた。なんだかくすぐったいだなんて思いながらも、ナツはラクサスの服をきゅっと握る。そして、呪文のように「ぜったい、約束だぞ」と小さく呟いて、夢の中へと旅立った。頭上にはやはり、あの一等きらめく星が浮かんでいた。





――――――
――――
――







「約束だって、言っただろ…」


たくさんの星々が瞬く中、ナツは一人立っていた。拳を固く握りしめて、ただ静かに夜を睨んでいた。ラクサスは、いない。妖精の尻尾から、マグノリアからいなくなってしまった。ガジルと一緒だったけど、ちゃんと勝負をして勝ったのに。なのに、彼は何も告げずに去ってしまった。せめて言葉だけでも、僅かな体温だけでも残してくれれば、何かが変わっていたのかもしれないのに。雷の化身のくせに、音もなくラクサスはどこかに消えてしまった。


「ラクサスの、嘘つき…っ」


許してなんかやるもんか。あの日のような静かな星空にナツは震える声を搾り出す。聞こえるはずがないとわかっていても、何度も何度も繰り返して。


「星がっ、あの星がほしかったんだよ…!」


もう、振り返っても誰もいない。ナツはきつく目を閉じた。ちかちかと瞬くささやかな星の光が、なんだかやけに痛かった。そうして、もう一度目を開けた瞬間。今もほしくてほしくて堪らない一等きらめくあの金色は、空を流れてどこかに消えてしまった。












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