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□ななしのラッディー
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自動販売機というものをご存知だろうか。表示された金額を入れたらスイッチにランプが灯り、ジュースやお茶といったバラエティに富んだ飲み物を買うことができる、間違っても一度設置された場所から移動することはない、重量の約70〜80%を鉄系金属が占めている、昔はともかく現代では至るところで見かける四角いあれだ。その鉄の塊は老若男女問わず人で溢れるここ、池袋では空を飛ぶ。これをただ聞いた者は、何を馬鹿なことを嘲りにも似た失笑を零すのだが、紛れもない事実なのだ。


「いィィざァやくぅぅうん!!てめえいい加減に死にやがれえええ!!!」
「やだなあシズちゃん。俺が君なんかの言うこと聞くわけないじゃーん」
「殺す…ッ!殴って殺す蹴って殺すぶっ殺す…!!!」
「アハハハハ」


現に、今日もまた池袋では自動販売機が時速50kmで人々の目の前を飛んでいる。掠っただけでも三途の川に片足を踏み込める勢いだ。よく見れば道路には様々な交通標識が密集して刺さっているし、ガードレールは板チョコを包んだ銀紙のようにめくれている。ちなみに道路は田舎の畦道みたいに塗装されていない訳がない。ちゃんと国が税金を投じて、固く丈夫なコンクリートで大地を覆ってくれているはずだ。


「………はぁあ」


そんな小さな戦場のような光景を、帝人は野次馬の一番後ろから見つめていた。あの二人に見つかったらもれなく巻き込まれるに決まっている。そりゃあ帝人だって上京したての一時期は、この有り得ない非日常に憧れていたりした。でも、それは遠くから眺めていることができたからこその憧れで、人の心と言うのは何も女性でなくとも変わりやすい。一部の人間からは戦争コンビとまで言わしめている彼らに何故か気に入られてしまって、過去に何度も自分絡みで池袋を戦場に変えてしまった苦い記憶は、まだ幼けに夢見る少年の憧れを根こそぎ剥ぎ取るには十分すぎる出来事だった。
頭に浮かぶ嫌な思い出をため息を吐いて追いやった帝人は、くるりと誰に気付かれるわけでもなく戦場から背中を向ける。臭いものには蓋を閉め、面倒臭いものは見て見ぬ振りだ。しかし、それを見逃してくれるほど、運命の女神は帝人に優しくなかった。


「あれ、帝人くんどこ行くの?」
「りゅっ、竜ヶ峰!?」


貴方のいないところならどこへでも行きます。心の中でそう毒づきながら、帝人は仕方なく戦場を振り返る。そこにはやはり、ナイフ片手に赤い目を細める端正な顔立ちをした青年と、標識片手にバーテン服を着こなす精悍な顔つきの青年が熱い視線を送ってきていた。プラス、野次馬の好奇に満ちた目が注がれて、帝人は表情を引き攣らせる。田舎に帰りたい。痛む胃を必死にごまかしながら前に一歩出ると、人垣が左右にざっと割れた。モーゼの海状態だ。


「もしかしなくても俺に会いに来てくれたんだね帝人くん!」
「お久しぶりです静雄さん」
「お、おう…元気そうだな竜ヶ峰」
「静雄さんほどじゃないですよ」
「ちょっと、無視しないでくれるかな!」
「あ、いたんですか臨也さん。虫だと思いましたよ」


にっこり笑顔を浮かべて、明らかに悪意の潜んだ言動をする帝人に野次馬達は青ざめた。あの少年死ぬぞ、なんてざわめきが広がる。しかし、虫呼ばわりされた臨也という青年は笑顔で抱き着こうとしているし、皮肉を返された静雄という青年は何故か照れていて嬉しそうだ。そんな渾身の嫌味を気にもされていない帝人は、二人に挟まれて心底嫌な顔をしている。


「ねえ帝人くん、シズちゃんなんか放って俺とデートしようよ」
「ふざけるなノミ蟲…おい竜ヶ峰、これから飯食いに行かねえか?」
「二人ともお断りします。特に臨也さんを重点的に」


折原臨也と平和島静雄にあんな態度を取っても殺されないなんて、あの少年は一体何者なんだ!今まで同じ空間にいるだけで暴力的になる二人しか見たことがない野次馬は、言い争いこそすれど互いに全く手を出さない様子に目を瞬かせる。これは奇跡か、はたまた世界が破滅する予兆か。驚き恐れながらも、二人をもろともせずに毒舌を振るう帝人から目を離せない。


「帝人くん帝人くん、君が欲しがってたパソコンが手に入ったからうちに来ない?」
「変態の家にわざわざ行くほど僕は愚かじゃありませんよ。てか離してください」
「えー」
「み、帝人が困ってんだろうが!死ねノミ蟲!」
「どうして名前呼びになるんですか、静雄さん」
「そうだそうだ!帝人くんの名前を呼んでいい権利は俺にしかないんだからね!」
「ああ!?上等だてめえ臨也…!砕いてコンクリートに埋めてやる!」
「あ、是非お願いしますね静雄さん。あと臨也さん本当にウザい、気持ち悪い」
「もー帝人くんったらツンデレなんだから!」
「僕がいつデレましたか。滅してください」


ぎゃあぎゃあわいわいといつの間にか遠ざかる三人に、残された野次馬達は悟った。池袋に猛獣使いが誕生したと。自動販売機やナイフが飛び交わない平和な日々が訪れるのも、そう遅くない未来になりそうだ。












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