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□誰か鈍器をくれ
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可愛いものが好きだ。見ているだけで笑顔になれるし、ほんのり心が暖かくなる。女の子が好きだ。自分のために頑張ってオシャレをしてくれたり、いろんな表情を見せられたりすると守ってあげたくなる。淡い色のふわふわのスカートは可愛いと思う。それを着ている女の子はもっと可愛い。


「だから奥村先生、奥村くんに女装させる許可をください!」
「いいでしょう、特別に許可します」
「おおきに!」
「いやいやいや!バカかお前ら!」


やっとの思いで課題から開放感されて部屋で寛いでいたら、紙袋を抱えた志摩が突然やって来て爆弾を投下した。慌てて出しっぱなしだった尻尾を服の下に隠したのだが、耳を疑うような発言に毛が逆立つ。え、女装?何を言っているんだろう。と言うよりどうして雪男に許可を求める。どうしてお前が許可を与える。


「つか、だからの意味がわかんねえし…!」
「かぁいらしいもんがかぁいらしいもん着とったらごっつかわええやん!」
「可愛いは正義、ってやつだよ兄さん」
「そんな正義はねえ!そもそもなんで雪男に聞くんだよ!」


こういうのは本人に許可を貰うべきだろうが。まあ、聞かれたとしても絶対に頷かない自信がある。大体、なんで女装?勝呂達と遊んでいて罰ゲームでさせてこいとか?いやいや、それなら志摩にやらせればいいし…なんて、俺がそんなことを考えている隙に志摩は部屋に上がり込み、紙袋からいろいろと出して並べはじめた。にやにやといつもより輝いている笑顔で、「これがウィッグやろー、シフォンスカートにポンチョ、メイクも一式揃うとりますえー」と言っている。俺には何かの呪文に聞こえるのに雪男はわかっているのか、途中で返事をしながら頷いている。


「森ガールですか」
「ほんまはメイドさんが良かったんですけどね、コスプレっぽくなってしまいますやん?」
「あくまで女装にこだわったんですね」
「ほうですー。あと、ポンチョやったら身体のラインもごまかせますし」
「良かったね、兄さん」
「何がだ!ちっとも良くねえし、俺は着ないからな!」


にっこりとそう言う雪男に言い返せばブーイングが起こる。横を見れば、ちょうど花柄のふわふわしたスカートを持って志摩が膨れていた。言っておくけど、膨れたいのは俺の方だ。


「てめえで着りゃいいだろ!」
「サイズが合わんのよ」
「じゃあしえみにやれば…!」
「杜山さんも似合うと思うけどねえ…ここは奥村くんしかおらへんやろ」
「いるって!他にも探せって!」
「いい加減に腹括ったら?男らしくないよ」
「女装の方がらしくねえよ!」


絶対に嫌だとベッドに逃げ込んで布団を被る。今ここであんなものを着たら、後々大変な目に遭うと俺の勘が警告しているんだ。十中八九、写真撮られる。本当、どんな恥晒しだよ。この状況を耐えるためにぐっと目をつぶって、ついでに耳も塞ごうと手を伸ばしたそのとき。ため息とともに志摩の諦めに似た声が降ってきた。


「しゃあない…そない森ガールが嫌や言うんなら、」
「志摩…!ありが 「この猫耳メイド服を着てもらいますえ」
「なんでだああああ!!!!」


着なくていいって言われると思い、口にしかけた感謝の言葉は瞬く間に絶叫に変わる。なんでメイド服。そして猫耳。思わず助けを求めようと布団から出たら、雪男が笑顔で「僕はそっちでもいいよ」と言ってきて。そうだった、悪魔の俺には敵しかいなかった。逃げ道は最初から用意されていない。目の前にあるのはふわふわしている女の服か、丈の短い猫耳オプション付きのメイド服か。究極の二択だ。究極過ぎて今なら虚無界に行ってもいいと思える。そんな心境の俺に、変態達が更に追い打ちをかける言葉を吐いた。


「奥村くん、選ばはらんの?ほんなら両方着てみます?」
「僕が着せて上げるから安心してね、兄さん」
「…………もうやだ、」


今ならこいつらを殴り殺したって誰も俺を責められないはずだ。












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