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親友とは口が裂けても言えない(なんせ自分達ときたら目的こそ同じであれ性質は対岸のものである)、悪友と呼ぶのが一番相応しいような彼が子供を引き取った、らしい。最後の語尾が確定でないのは、彼の口から直接聞いたわけではなく風の噂で耳にしただけだからだ。噂は噂でしかないし、何より、あの厳しく孤独と戦う彼が血の繋がらない人間を引き取るなんて信じられなかった。しかも、意思の疎通が取れるかどうかも危うい子供を二人も。笑えない冗談だと思った。それこそ、悪魔が賛美歌を愛聴するくらいの質の悪さを孕んでいる。そして同時に、これはきっと面白いことになるとも思った。なので、メフィストは呪文を口ずさんで姿を可愛らしい犬へ変えると、彼―――藤本獅郎が住家としている南十字男子修道院へ忍び込んだ。


「(さて、噂の正体は一体どこにいるんでしょうねえ)」


ルンルンと、まるでスキップをするような軽やかな足取りで裏口を目指す。別に何一つやましいことなどないので、隠れずに正面から入っていっても良かった。だが、それだとせっかく誰にも行き先を告げずに(犬の姿になってまで!)来た意味がないというもの。それに獅郎本人に見つかってしまっても面白みがない。なので、人の気配がないか人間よりも格段にいい鼻を使って辺りを探ってみた。しかし、誰の匂いも感知しない。まさか全員で出かけているわけでもあるまいし、とメフィストはちょうど礼拝堂の横を通り過ぎようと前足を一歩踏み出す。踏み出して、ふと見上げた視線の先にいるものと目が合って、思わず固まった。


「ゆきお、犬がいるぞ!」
「ほんとうだ…迷子なのかな?」


人の匂いどころか気配なんて微塵もなかったのに、その子供達は平然とメフィストの目の前に立っていた。手を繋いで、こてりと互いに顔を見合わせて首を傾げる様子は可愛らしい。よくよく見れば、その首元から魔除け用のクローバーが小瓶に入って仲良くぶら下がっている。髪の毛にもたくさんのクローバーが降り積もっていて、匂いや気配がしなかったのはこれのせいかと納得した。


「(それにしても………)」


随分とまた大切にされていると思った。小綺麗な揃いのパーカーも、結ばれた柔らかく小さな手の平達も。何より、今も自分を見つめる無数の光を帯びた瞳が、子供達が愛され慈しまれていることを物語っている。この二人の子供が噂の根元にいることなんて、一目見ただけでもわかってしまった。どうやら彼は本当に子供を引き取ったようだ。噂の正体も晴れてわかった今、メフィストがここに長居をする必要はない。しかし、どうやってこの二人の前から姿を消そうかと考えあぐね、身動きが取れずにいた。


「なあ、おまえ迷子なのか?」


微動だにしないで二人を見ていると、つり目の子供が無邪気に尋ねてきた。迷子になるわけがないなんて、もしこの姿で返事をしたらおそらく驚くに違いない。だからといって急に立ち去ろうとすれば追って来るかもしれない。過去に一度、犬の姿で公園へ気分転換をしにいったときは子供に酷い目に遭わされたのだ。無遠慮に撫で回すわ引っ張るわ抱き上げるわ落とすわで、メフィストは冗談抜きで死んでしまうのではないかと思うくらいだった。なので、メフィストは子供にあまり良いイメージは抱いていない。むしろあれは魔の化身ではないかと思っている。今だって即刻立ち去りたい。まあ、それでも目の前にいる二人は決してむやみに手を伸ばさず、じっとメフィストの様子を伺っているようなのでだいぶマシではあった。獅郎の教育の賜物だろうか。そう思って、それからありえないと心の中ですぐに否定しておいた。彼が子供のいい手本になれるわけがない。


「なあ犬ー」
「にいさん、犬はこたえないと思うよ」
「でも、迷子ならいえ探してやらないと」
「聞いたら、おうちがどこかわかるの?」
「きっとわかる!」
「…わふ」


このままでは確実に日が暮れるまで付き合わされそうなので、とりあえず犬っぽく鳴いてみる。すると二人は同じ表情で固まってしまった。ぽかんと口を開けていてちょっと間抜けだ。しかし二人は兄弟だったのか。ならば獅郎が二人を引き取ったのも頷ける。歳も背もあまり変わりないようなので双子なのだろう。手を繋ぐくらい仲が良いのに、二人を引き離すなんて可哀相だと思ってしまったに違いない。そしてどうやら、弟は歳の割に聡明で兄の方が頭が少し弱いらしい。短時間で得た情報を頭の片隅に積み上げて、メフィストはもう一度鳴いてみる。


「わふっ」
「ゆ、ゆきお!こいつ鳴いた!」
「うん」
「…かわいいな」
「かわいいね」


キラキラといっそう瞳を輝かせて、子供はメフィストをまっすぐに見つめていた。ただでさえ落ちそうな目を更に大きくさせている。なんだかすごく眩しい。今の自分が可愛いのは当たり前なのだが二対の無垢な視線を一身に受ければ、なけなしの良心だって少しちくりと痛む。やれやれ困ったとため息を吐けば、くぅんと情けない鳴き声が空気に溶けた。このときばかりは犬の姿は不便である。やがて沈黙に耐えきれなくなったのか、兄と呼ばれていた見るからに活発な子供がぽつりと呟いた。


「…さわっても、いいかな」
「えっ?か、かまない…?」


今にも手を伸ばして撫でてきそうな兄を止めるように、ゆきおという子供が小さな手で必死に服を掴んでいる。噛むとは失礼な。メフィストは一応人間(の振りをした悪魔)だ。そんじょそこらの野良犬などと一緒にされては心外だと、期待に満ちた目と心配そうな目に向かってもう一度だけ控えめに鳴いた。


「さわってもいいって!」
「犬のことば、わかるの?」
「なんとなくだけど」
「わん」
「ほら、なっ?」


同意を示すように吠えれば、喜びの声が上がった。仕方ない、特別にこの素晴らしい毛並みに触れることを許可しようではないか。一応、触ってもいいか尋ねる礼儀を身につけている子供に敬意と少しの感動を表して。うずうずとしている兄とその後ろで戸惑っている弟に、ゆっくりとメフィストは近づいていった。自分の尻尾が微かに左右に揺れているのには、気づかない振りをして。小さく温かな手の平がそっと身体に触れるのを感じながら、本当に困ったものだとため息を吐いた。












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